試し読み(一部のみ) ※本作は縦書きですが、試し読みでは横書きで表示しています。
IBALIGER BEYOND THE TIME OF HEROES
小説版 時空戦士イバライガー:4巻
■第13話 裏切りの報酬
・Aパート

第13話 裏切りの報酬



■Aパート


 雑草に覆われて、けもの道のようになっている林道を分け入っていくと、少し広い場所に出る。森に覆われた中に、突然できたエアポケットのような空間。この周辺を整備して森林公園にする計画だったらしい。駐車場と管理事務所をつくるために伐採し、アスファルトを敷いたが、不景気と自然保護活動の反対に遭って、そのまま放置されたのだという。
 ひび割れたアスファルトのあちこちから雑草が生い茂り、枯れ葉や朽木で地面はほとんど見えない。朽ち果てた車があり、不法投棄のゴミも散乱していた。
 林道の入口は、警察が通行止めにしている。森のあちこちにも、林業関係者に偽装した警官が配備され、上空にはヘリも飛んでいる。
 警官たちの多くは、何も知らない。
 ただ、この場所に誰も近づけるなという命令を受けているだけだ。
 周囲の至る所に、各種センサーやモニターが設置されていて、それらは入口近くのトレーラーでモニタリングされている。
 周囲には、誰もいない。静寂だけだ。
 身体が軽い。総重量は数百キロのはずだが、薄いシャツを着ている程度にも感じない。自由に動ける。それでいて凄まじいパワーだった。鉄格子など、アメのように曲げられる。
 周囲を見回した。誰も見えない。だが、どこに潜んでいるかは手に取るようにわかる。生体の温度をキャッチする赤外線センサーや、空気密度の変化を捉える動体センサーも装備されているが、何より感情センサー(ES=エモーション・サーチャー)が便利だった。意思のある者が行動しようとすると、感情が漏れる。その感情エネルギーの変化を捉え、分析・予測して、パイロットに伝達する。つまり相手が何をしようとしているかがわかるのだ。予想データは、脳に直接ビジュアルイメージで伝達されてくるから、まるで未来予知のようだ。
 くそ。『奴等』はこんな便利なモノを使っていたのか。
 10メートルほど先の廃車の影に一人。すぐに右側に飛び出して撃つつもりだ。
 左の木立の後ろにも一人。こいつからは何も感じない。動く気もないようだ。訓練だと思ってナメてやがる。後は背後の3人。突っ込んでくるのは、こっちが先だろう。
 ターゲットの攻撃力や防御力は、TDF主力が壊滅に近いダメージを受けたショッピングモール跡地での戦いで得たデータに基づいて設定されている。あのときは、まるで歯が立たなかった。銃やナイフでいくら傷つけても、瞬時に修復して向かってくる化け物たち。通常の武装では、どうにもならない。
 だが、今はちがう。
 背後の「感情」が大きく膨らんだ瞬間、前方に跳躍した。跳びながら右足に装着されたハンドガンの脱着ボタンを押す。着地と同時に車を蹴った。ドアが大きくへこみ、車体が1メートルほどズレる。これでも加減している。全力でなら粉々に吹き飛んでいるだろう。隠れていた男は、車に押されて慌てている。混乱した思考がまとまる前に、車ごしに圧縮したエモーションを撃ち込む。エネルギーは車をすり抜けて目標に達する。男が意識を失ったことは、見なくてもわかった。
 背後の男たちが飛び出してきた。もちろん、動く前にわかっている。どの辺りに狙いをつけていたかも知っている。その感情の虚をつく動きをすればいい。左右に、幻惑しながら動く。人間の目では捉えきれないほどの速さで動ける。自分自身さえも混乱しかねない。自分の身体が、これほど動けることが驚異だった。
 動きながら、左足のガンも抜く。こちらは実体弾だ。撃ち出すのはナノパーツを培養して作りだした粒子弾。肉眼では見えないほど極小のナノパーツを撃ち出す。ナノパーツは射出された瞬間から、設定されたプログラムに応じて急速に増殖を開始する。目標まで10メートル以上あるなら、着弾時には通常の弾丸並みのサイズに達する。元の大きさがナノサイズだから、ハンドガンであるにもかかわらず、弾切れは、まずあり得ない。
 それを撃つ。一回のトリガーで数十発の粒子弾が放たれる。弾丸の軌道にプラズマが生じる。ナノパーツが空気を分解して増殖のエネルギーにしているのだ。ショットガンのように拡散するから、回避はほとんど不可能だ。男たちが倒れる。死んではいない。今は訓練のために粒子弾の増殖や強度を抑えてある。そうした調整ができるのもこの武装のメリットだが、まだ研究室でしか調整はできない。『奴等』は、それをリアルタイムでやれるのだ。
 木の陰に隠れていた男が銃口を向けていた。避けるのは簡単だが、あえて受けるべきだろう。性能テストはすでに終わっている。自分が撃たれることに慣れなくてはならないのだ。撃たれても動揺しない心を鍛えなければ、このスーツで怪物どもと渡りあうことはできない。
 胸部装甲に数発の弾が撃ち込まれた。当たった感触はあるが、痛みはない。プロテクターもナノパーツ製だ。弾力と硬度を兼ね備えた構造だという。衝撃を柔らかく受け止め、はね返しているようだ。それでも撃たれるのは愉快なものではなかった。
 撃たれながら歩み寄り、左腕のブレードを展開させた。エモーションを込めて横薙ぎに振る。太い幹が、紙のように断ち斬られて倒れた。男は腰を抜かしている。
 状況終了を確認してから、ソウマは戦闘プログラムを解除した。

 専用カプセルに入り、スーツを脱いだ。
 内部から液体が溢れ出てくる。液体は研究者たちが『NPL=ナノ・パーティクル・リキッド』と呼んでいるもので、戦闘時の衝撃を緩和するとともに、パイロットの感情エネルギーを各部に伝達する神経の役割も果たすという。
 またNPLは液体酸素として、パイロットの呼吸にも使われる。通常は外気を取り込んで呼吸しているが、いざというときには肺までNPLを取り込んで、液体呼吸システムとなるのだ。数回実験をやったが、液体呼吸に切り替わるまでの気持ち悪さと吐き気はたまらないシロモノだった。第一、液体呼吸状態では喋れない。訓練はともかく、実戦でそういう状況にならないことをソウマは祈った。
 NPLの大半が吸引されると開閉ランプが灯り、ようやく外に出て、内部ヘルメットを外せる。スーツ内にいるときには被っていることを忘れるほどだが、外に出ると途端に息苦しく感じるのである。そして、もう1つの、インナースーツも脱がなければならない。全身タイツのようなもので、これもナノパーツ研究によるものらしい。
 粉末状の微粒子を吹き付けると、スーツとなって肌に張り付くのだ。これは電気のシャワー室のような所で洗い流すしかない。使い捨てなのだ。
 ソウマはカプセルを振り返った。
 イバライガーに酷似した姿。『PIAS(ピアス)=パーソナル・イバライガー・アーマード・スーツ』と呼ばれている戦闘スーツだ。
 シンから受け取ったデータには、確かにイバライガーの全てが記録されていたらしいが、シンたちも、TDFの研究者たちも、その全てを解明するには至っていない。
 イバライガーのテクノロジーはナノパーツにあるらしく、それらは人間の細胞とも似ているのだという。極小のナノパーツの1つ1つが、DNAのようなデータを持ち、リボソームのように自らの分身を作り出せて、ミトコンドリアのような機能すらあるらしい。それらは全て同じナノパーツで、それがイバライガー自身の信号に応じて、筋肉にも、装甲にも、内部機関にもなる。「全能性のあるiPS細胞のようなモノが、プログラム次第でどの部位にも瞬時に変化するようなものだ」と、研究者は興奮気味に語っていた。ただ、その『信号』がわからないという。
 人間も同様で、DNAの構造解析自体はかなり進んでいる。4つの塩基によって構成されるDNAの、どこにどんな情報があるのか、それは少しずつ解き明かされてきている。だがDNAには、約30億行ものプログラムがあるのだ。爪が爪であり、髪が髪であり続けるためには、膨大なデータの中から爪を作るプログラムを瞬時に見つけ出せなければならない。人体の中の何が、そのプログラムを選び出しているのか。どんなコマンドがそれを実現させるのか。そうしたことは依然として謎のままなのだ。
 イバライガーの場合は、それを司っているのがベルトに組み込まれた『エキスポ・ダイナモ』らしい。様々な何かが関係しているようだが、エキスポ・ダイナモがイバライガーの命の源であることは間違いないようだった。もちろんPIASにも組み込まれている。
 だが、正常に動作しない。データ通りに組み上げてみても、エキスポ・ダイナモは輝かない。命を吹き込めない。
 だから自立型ヒューマロイドをあきらめ『PIAS=着るイバライガー』となったのである。培養したナノパーツは使われているが、その1つ1つは研究室でプログラムするしかない。イバライガーのように自分で再生できるわけではないのだ。
 それでもナノパーツの恩恵は凄まじいものだろうと、ソウマは思った。
 ミクロサイズのコンピュータのようなモノなのだ。壁や衣服や持ち物にNPLをコーティングしておき、そこに制御プログラムを付加すれば、何でもコンピュータになる。個々人ごとの設定を、これまたNPLコーティングで身に付けておけば、電柱だろうがテーブルだろうが、何でも自分専用のパソコンに早変わりというわけだ。こんなモノが一般化したら、世界が丸ごと変わってしまうだろう。まさに最高機密というヤツだ。
 だが今はまだ、特殊な研究室でしか制御できないし、制御プログラム自体はナノパーツでは作れない。イバライガーは、数十年程度の近未来からタイムスリップして現代に来たと言われているが、その期間で人類がこれほどのハイテクノロジーに達するとは考えられない。
 ましてや、あのシンが作っただと? そんなことがあるはずがない。それなりに勉強はしているのだろうが、所詮はバカだ。それは、よぉく知っている。
 それにしても……この姿は、どうにかならなかったのだろうか。あまりにもイバライガーでありすぎる。両足に銃を装備したり、機能しないエキスポ・ダイナモをサポートするために、背中には通常動力のバックパックが装着され、各部も重装備化しているが、それ以外は、まるっきりイバライガーそのものだ。開発時にそのことを研究者に言ったが「デザインにも意味があるかもしれないし、デザインから考え直している余裕もない」と断られてしまったのだ。
 あのバカが考えたんだぞ。意味なんかあるものか。
 ただ、カラーリングは全身モノトーンのグレーだった。
 そうだ。戦闘装備に、おめでたい赤とか何を考えてやがる。赤くても性能が3倍になるわけではなかろう。
 毛布がかけられて我に返った。振り返ると、研究員たちがクスクスと笑っている。
 しまった。吹き付け型の内部スーツは、ボディラインそのまま。全身が青いだけでナニもそのまま。つまり、素っ裸と同じなのだった。
 ソウマは毛布を巻き付けて、できるだけ平然と歩き出した。
 くそ。これもあのバカたちのせいだ。
 いつまでも任せてはおけない。これからはオレたちがやる。
 このPIASを量産して、ジャークを地球から叩き出すのだ。

 偵察に出たイバライガーRとシンが、帰ってきた。
「どうだった?」
「短期間で作ったにしては、よく出来ている。だが、見かけはともかく中身は別物だな。アレはイバライガーじゃない」
「ああ。エキスポ・ダイナモが反応していなかったし、エモーション・エネルギーの制御もMCBグローブと同程度と考えていいだろう。あのままでは私たちのように機能することはないと思う」
 偵察に出たシンとRは、『TDFのイバライガー』の起動実験を見てきたのだという。秘密の実戦テストだが、エモーションに関わる以上、イバライガーたちのセンサーを欺くことはできない。それはTDFでもわかっているはずだ。こちらを察知してはいなかっただろうが、見られていることは知っていただろう。
 ソウマに預けたデータがどう使われるかには、常に注意を払っていた。
 この隠れ家にもそれなりの研究設備はあるし、博士たちも優秀だが、それでも限界はある。イバライガー自身に自己修復機能があるから何とかなっているだけで、本格的な研究までは無理だった。設備も足りないし、時間もないのだ。
 だからこそデータを渡した。整った専門施設でしか調べられないことを調べてもらうしかなかったのだ。
 ただ、それが研究だけで終わるはずがないことも、わかっていた。軍事目的に転用される可能性も高い。イバライガーの技術は、その一部であっても世界を一変させるほどのものだ。恐らくはTDFだけでなく、世界各国のスパイも入り込んでいるはずだ。特に報道もされていないが、そのこと自体が状況の危険さを物語っていた。
 今、ここで起こっていることには、全世界が注視しているはずだ。だからこそ常に目を光らせているしかない。下手をすると、あのデータは、ジャークよりも危険な存在を生み出してしまうかもしれない。
「おかしな奴はいなかった。様々な組織が動いてはいるが、PIASに気づいているのは我々だけだろう」
「ジャークも気づいてるんじゃない?」
 ワカナが口を挟んだ。
「そうだな。それにブラックも」
 だが、ブラックは動いていない。あの峻烈なイバライガーブラックが、自分のイミテーションの存在を許すはずがないと思っていたが、この件に関しては無視を決め込んでいるかのように動きを見せない。ミニブラックも普段と変わらない。偵察に出るときに「一緒に来るか?」と探りを入れてみたが、全く関心を示さず、ねぎの散歩に出かけてしまった。
 やはり所詮はまがいもの、と思っているのか。実際、今のPIASはイバライガーと比べればオモチャのようなものだ。
 しかしそれは『今の』であって、今後はどうなるか分からなかった。
 あのスーツには、とてつもない力が眠っている。
 PIASは、自立型ヒューマロイドとして起動させることができず、苦肉の策としてパイロットをによるスーツ方式となった。それは、パイロット自身の感情エネルギーを利用するシステムということだ。
 たった一人分のエネルギー。だが、それこそが恐るべきことなのだ。
 周囲の空間からかき集めるのと、自らの内部にエネルギー源を持っているのとでは、まるでちがう。
 そもそも素粒子などの寿命は極めて短く、生成から消滅までマイクロ秒単位だ。しかもエネルギーは、大気中で急速に減衰する。我々は意識していないが、大気の壁はとても強力なのだ。実際、地球に降り注ぐ宇宙線のほとんどは大気圏で遮断されている。まして大気が濃い地上では、なおさらだ。SFやアニメではビーム兵器が頻繁に登場するが、実際には地球の大気中でビームを撃ったとしても、そのエネルギーの大半は目標まで届かないのである。
 だからこそイバライガーは、近接戦闘に特化している。どれほどの高エネルギーであったとしても、ほんの数メートル進むだけで、パワーは大幅に減じられてしまうからだ。ジャークを倒す……エモーション・ポジティブでネガティブを打ち消すには、格闘戦で直接エネルギーを叩き込むしかないのである。
 周囲にどれだけの感情エネルギーがあったとしても、イバライガーに届くのは、わずかな欠けらでしかない。それでも計り知れないパワーを生み出す。
 PIASは、ダイレクトに流れ込む本人のエモーションを、そのままパワーに変換できるのだ。自らのエネルギーを、丸ごと使える。以前にイバライガーブラックが、ミニブラックとシンクロすることで発動させたオーバーブースト。あれを単独で行うようなものなのだ。PIASの潜在的な力は計り知れない。
「……いざってときは、PIASを破壊するしかねぇな。例えTDFと戦うことになっても……」
「シン、それちょっとカゲキすぎない? あんた最近ブラックに似てるわよ?」
「うるせぇ! ワカナ、お前だってわかるだろ。イバライガーの力を暴力に使わせるわけにはいかねぇんだよ!」
「そ、それはそうだけど……」
「待ちなさぁ〜〜〜〜い!!」
 言い争う二人の間にガールが割って入った。
「シンの言う通り、私たちの力を暴力に使わせるわけにはいかない。でも、そうだからこそ心配はいらないわよ」
「?」
「えっと……私にもなんでかはわからないけど……でもエキスポ・ダイナモは、ただの機械じゃないのよ。PIASのエキスポ・ダイナモが私たちと同じものなら、それは暴力のためには決して輝かないわ。それだけは言える」
 Rも、うなずいている。
「エキスポ・ダイナモは、私たちの魂……マインド・コアに反応して輝く。なぜ輝くのかは、私にもわからない。けれど、何かの、誰かの意思のようなものを感じることがある。輝きはそれに応えているんだ」
 その意思が認めない限り、エキスポ・ダイナモは動かないということなのか。

「魂は何なのか、みたいな話だなぁ」
「そういうワケのわかんないモンを、アンタ、どうやって作ったのよ?」
「知らねぇよ! ずっと未来のことなんだし!」
「ど〜考えてもシンに作れるとは思えないのよね〜〜〜」
「つ〜か、エキスポ・ダイナモはエモーション研究から生まれたはずだろ。てことは、ソコはワカナの担当じゃね〜のか? 初代も、そんなことを言ってただろ」
 身体はシンが、力はワカナが与えた。確かに初代イバライガーはそう言っていた。
 でも。
「んん〜〜〜、それも無理っぽい気がする〜〜〜〜」
 ワカナは、頭を抱え込んだ。
 何かがわかっても、その先に必ず次の謎がある。それが果てしない。ワカナが関わっている基礎科学研究とはそうしたもので、時をかけて、謎の先に何があるのかもわからないまま、ただ進んでいくしかないものなのだ。永遠にゴールはない。研究が受け継がれ、それはいつしか思いもよらない何かになったりするが、それは結果に過ぎない。研究者自身は、ただ知りたい。謎を解きたいだけなのだ。
 エモーションに関しては、その最初の一歩を踏み出しただけに近い。未来世界はジャークによって荒廃し、満足な研究もままならない状態だったという。設備も、人も足りない。それなのに、わずか数十年程度で実用レベルに達している。しかも、それを自分が成し遂げる? ありえないことだ。
 シンもそうだ。イバライガーに使われている技術は、現代技術の応用では届かない。科学とは知識の積み上げだ。ある高さに到達するには、1つ1つ階段を上っていくしかない。仮に私たちがズバ抜けて優秀だったとしても、謎の地下室で密かにスーパーテクノロジーを生み出すなんてことは、不可能なのだ。
 イバライガーはミッシング・リング……オーパーツとしか言いようがない。
「ま、とりあえずRもガールも実在してんだし、こっちのエキスポ・ダイナモはちゃんと動いてんだし、今はそれでいいってコトにしようぜ」
 なんちゅう無責任な発言、と思ったが、実際そうするしかないのも確かだ。
「それに……PIASのエキスポ・ダイナモは機能しないほうがいい」
 Rがつぶやいた。
「感情はコントロールが難しい。PIASは、本人の感情をそのまま吸い取るようなものだ。下手をすると暴走する。本人の身体も持たないだろう」
「私たちでさえ、エモーションの負荷で倒れることがあるもんね〜」
 正常に動いたとしても、使い方次第でパイロットの命を奪いかねない。それはワカナも気づいていた。エモーションを使い過ぎると、数日は立ち上がるのもキツイほどの状態になることがある。Rもガールも、ワカナたちを気遣って、決して無理をさせないようにしている。それでも限界を超えそうになることが何度かあった。まだ一度も超えていないが、その壁の向こうに爆発的な何かがある。シンもワカナも、それを身体で感じていた。見てみたい気持ちはある。だが、それはとてつもなく恐ろしいものでもある。
 ワカナは、黒々とした不安を感じながら、それでも好奇心を打ち消すことができない自分にとまどっていた。禁断の領域。核分裂を発見した物理学者たちも、こんな気分だったのだろうか。
 みんなに見えないように、そっとシンの手を握った。せめてシンとだけは、つながっていたい。
 シンは知らん顔でRたちと話している。でも握り返してくる。ちゃんと伝わってる。この温もりさえあれば。
 Rたちにもあるのだろうか。手と手でなくとも、想いがつながる幸せを感じてくれているのだろうか。
 そうであってほしくて、ワカナは彼らの分まで、強く手を握った。




× 閉じる