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IBALIGER BEYOND THE TIME OF HEROES
小説版 時空戦士イバライガー:5巻
■第17話 ゴーストハウス
・OP
・Aパート

第17話 ゴーストハウス



■OP


 閃光が奔った。イバライガーRが抑え込んでいた空間が弾けたのだ。
 圧縮されていた空間と通常空間が重なり、爆発的なエネルギーに変換される。周囲の全てが光となって消えていく。消滅する時空に巻き込まれ、土台を削り取られた周囲の建物が崩れ落ちていく。爆煙と粉塵にダマクラカスンが生み出した瘴気が混じり合い、視界が奪われる。
 それでも、イバライガーブラックには全てが見えていた。
「Rっ!?」
 イバガールが叫んだ。いつもなら飛び出す。だが、今はシンを抱えている。エネルギーも尽きかけている。
「落ち着け。奴は生きている。無事……ではないようだがな」
 静寂が訪れ、風が粉塵を吹き払っていった。
 Rが、立っている。エネルギーの全てを使い果たし、両腕も千切れかかっている。意識もないようだ。だが、ダマクラカスンも消えている。全てのジャークの気配がなくなっていた。
「勝った……の……?」
「いいや、倒してはいない。逃げられた」
 そう答えたが、むしろ見逃してくれたと言うべきだろう。
 時空突破クロノ・ブレイク。
 面白い技だった。時空転移を応用して時空間自体を捻じ曲げ、圧縮してぶつける。マイクロブラックホールを身にまとうような技だ。直撃させられれば、四天王クラスのジャークでさえ一撃で消滅させられるだろう。
 だが、制御しきれなかった。
 奴は、初代イバライガー救出のためにエネルギーの大半を使い果していた。今回はミニライガーのバックアップもない。シンやワカナもサポートできる状態ではなかった。気力だけはあっただろうが、そんなもので絶対的なエネルギー不足を補えたりはしない。こうなることは最初から見えていた。むしろ、あの程度の損傷で済んだのは僥倖だったと言っていい。
 ダマクラカスンも、それに気づいていたはずだ。
 Rは自滅し、イバガールと自分もほとんどエネルギーがない。一方、ダマクラカスンは無傷に近かった。思うがままに蹂躙できる。しかも奴は逆上していた。我々を皆殺しにするつもりだったはずだ。
 にもかかわらず、奴は消えた。
 何か、ある。
 あの一瞬に、何かが起こった。この好機を見逃して引くほどの決定的なことが。この場所で戦い続けるわけにはいかない何かが。
 周囲を探る。やはりジャークの気配はない。時空も、元に戻っている。何も感じない。
 それでも、ここには何かがある。
 考えられることは1つだけだった。
 イバライガーブラックは、その奥底を探るようにRを睨んだ。
 貴様、特異点の中で何を掴んだ?
 泥と埃と煤で汚れ、静止したまま動かないRの横顔を、ブラックは睨み続けていた。



■Aパート


 傷ひとつないRの横顔に、次々とフラッシュが浴びせられている。
 イバライガーRは、できるだけ動かないように心がけた。下手なことをして勘ぐられては厄介だ。とにかく今は何もしないことだ。
(なによ〜〜R。もっと愛想よくしなきゃ〜〜)
 イバガールの声だ。音声ではなく、意識だけの通信だったが、危うくいつものように声に出して返事してしまうところだった。
「ガールちゃん、こっち目線くださ〜〜い!!」
「サインお願いします〜〜〜!」
 ガールは人々の声に応じてチョコマカと動き回り、可愛いポーズを取ったりしている。
(お、おい、ガール……あまり迂闊なことはしないほうが……)
(大丈夫よ、私たちが実はヒューマロイドだなんてこと、バレっこないって。ていうか言っても信じないって)
(と、とにかく絶対に喋るなよ。私たちは喋れないっていう設定なんだから。直接質問なんかされたらエライことになる)
(わかってるって。ガールちゃん黙ってても可愛いからね〜〜)
(いや、そういうことじゃなくて……)
 呆れながら、Rは周囲を見回した。
 記者、一般人、警察関係者。何十人もの人がいる。この場所に入りきれずに入り口から覗いている人々まで含めると、数百人はいるだろう。これほど大勢の人間に出会ったのは初めてだ。これが記者会見というものか。様々な感情も溢れている。多くは好奇の目だが、心地よいエモーション・ポジティブの反応もある。ネガティブな反応も多少は混じっているが、全体的には好感のほうが多いようだ。ガールも同じものを感じて、ついはしゃいで……いや、はしゃぎすぎじゃないのか? そんなポーズどこで覚えた?
 同席している警察のスポークスマンは、もう喋るネタが尽きているようだが、カメラを向ける人々は、立ち去る気配すら見せない。
 これ、いつまで続くんだ?
 思わずRは、2階にいるはずのシンたちの感覚を探った。

 階下から拍手が聞こえる。それが苛立たしい。
 笑い声も聞こえる。さらに苛立たしい。
「きゃ〜〜! かっこいい〜〜〜〜っ!!」
「Rさぁ〜〜ん!」
「ガールちゅわぁああん!!」
 職員も、免許の更新に来た一般人も、交通整理に出かけるはずの女性警官たちも、大騒ぎしている。
 まったく腹立たしい。
 ソウマは、つくば中央警察署2階の来賓室にいた。
 目の前のソファーには、シンとワカナがニコニコしながら座って、茶をすすっている。
 くそ。こいつらに茶を出すだと。
 ここは警察署だぞ。その署内で、ついこないだまで指名手配されていた連中がチヤホヤされているとは、どういうことだ。
「下は盛り上がってるみたいだなぁ」
「私も、ちょっと見てこようかな?」
「ほっとけ! ……ったく、堂々と正面から乗り込んで来やがって……」
「いいじゃん、もう私たちお尋ね者じゃなくなったんでしょ?」
「調子に乗るな。あくまでもパニックを抑えるための超法規的措置に過ぎないんだぞ。お前らは依然として要注意の監視対象なんだ。それを忘れるな」
 ソウマはしかめ面で答えたが、二人はニヤニヤしたままだ。くそったれ。
 だが、やむを得ないのだ。
 前回の事件は、隠しようがなかった。現場で、テレビで、多くの者が異常な事件を目撃した。
 空に浮かぶ巨大な黒い物体。崩れ落ちるビル。うごめく異形の者たち。それと戦う謎のヒーロー。ネットでは様々な意見が飛び交っていて、当日の夜にはイバライガーという単語がトレンドワードになっていたほどだ。
 だが、だからといって全ての情報を公開するわけにはいかない。
 ジャークは誰にでも取り憑く。そんなことが広まったら人々は疑心暗鬼に陥り、社会が崩壊しかねない。奴らは極めて特殊なテロリスト。狂信的なカルト集団。そういうふうにアナウンスするしかなかった。
 そしてイバライガーは、極秘で準備されていた警察の特殊装備ということになった。奴らの正体は、一部の者しか知らないままだ。1階で騒いでいる人々はおろか、質問に対応している警察職員でさえも、目の前にいるのが実は未来から来たヒューマロイドだなどと思っていない。仮に事実を告げたところで冗談だと思われるだけだろう。
 いずれにしても表向きだけのことだ。シンたちの指名手配も解除されたが、こいつらを管理下に組み込めたわけではない。状況は何も変わっていないも同然なのだ。
 にも関わらず、シンたちはニヤニヤして茶をすすり、ヒューマロイドたちはサインに応じ、スマホに向かってポーズを取っている。
 ふざけた話だ。
「ま〜ま〜、そんなに心配しないでよ。ああやってRやガールの姿を見せてあげるのも必要なことなんでしょ」
「余計なことを喋ったりはしないだろうな?」
「大丈夫だって。イバライガーは喋れないっていう設定は言い聞かせてあるからな。二人ともうまくやるって」
「どうかな。あいつらは人間的すぎる。特にイバガールは、どこかでボロを出しそうな奴だ」
「あ、それは言えてるかもね〜〜」
「かも、じゃねぇ!」
 前回の戦いは大規模すぎた。そして、今後も同様……いや、あれ以上の規模の事態が起こることが想定できる。だからこそ、それに対抗する手段があることを人々に知らせておかざるを得ない。奴らの技術供与によって開発された特殊スーツ「PIAS」は、実戦では本来の機能を発揮できなかった。ジャークの侵略に対抗していくには、イバライガーたちの力を借りるしかない。そうである以上、彼らの姿を隠しておけない。人心を落ち着かせるためには一定の情報公開も必要なのだ。
 だが。
 シンが強引に装着したあのとき、PIASのエキスポ・ダイナモは光っていた。わずかな時間しか行動できなかったが、イバライガーたちに匹敵するパワーを引き出してもいた。
 なぜだ。自分が装着したときには一度も反応しなかった機能が、なぜシンのときだけ起動したのか。
 ルメージョの言葉を思い出す。
 エモーションは誰にでもある。だが、その力を本当に発揮するには、エモーション自身に認められなければならない。
 イバライガーはエモーションの使徒。エモーションの意思を、その身に宿した者たち。
 どういう意味なのかは、未だにわからない。
 感情エネルギー=エモーションとは一体なんなのだ。いや、現場で戦うオレたちには、そんなことはどうでもいい。装備が正常に動作すればいいだけのことだ。
 だが動かない。シンも、イバライガーたちもはっきりした理由はわからないらしい。
 やはり、得体が知れない。制御できない力は、ただ危険なだけだ。
 それでも、これからもシンたちに……危険極まりないヒューマロイドに頼らざるを得ない。
 その事実が、ソウマを苛立たせる。いや、本当はPIASの力を引き出せなかった自分に対する怒りなのかもしれない。ジャークもイバライガーも、この世界を混乱させている元凶だ。その片棒を担がなければならないのか。それは問題をより大きく、危険にしていくだけではないのか。
 ドアをノックする音が聞こえ、女性警官が顔を出した。
「準備できました。これがキーです。車はそのままお使いいただいて構わないそうです」
 裏口に停めてあるワンボックス・ワゴンの鍵だ。車には常にトレースできるように発信機を仕込んである。PIASと同じナノパーツをフレーム自体に組み込んであるので、取り外される心配はない。
 シンもそれに気づいているはずだが、気にしたふうもなく受け取っている。
「ありがとう。いや、イバライガーと一緒にビルの上を飛んでくるのも意外に疲れるんだよな〜〜」
「緊急時以外でそういうことをするな!」
「わかってるって」
「じゃ、そろそろ行こうよ。今日は引越しで大忙しなんだし」
 シンとワカナが立ち上がった。階下からの声も、今は聞こえない。ヒューマロイドたちは、すでにワンボックスに乗り込んでいるのだろう。
 ソウマは動かなかった。こいつらを見送ってやる義理はない。それでも声をかけていた。
「シン」
 お前は、なぜPIASを使えたんだ。
 そう聞きたかったが、口から出たのは別な言葉だった。
「いいか、もう一度言っておく。勝手には動くな。オレも目を離さん。お前らはジャークと同じくらいに危険だ」
「……それは、オレたちが一番よく知ってるさ……」
 ドアが閉まる直前、シンは振り返らずに答えた。


 ワゴンのそばに、荷物を運んだ。
 といっても、大型の設備などはTDFが運んでくれたはずだし、私物のほとんどは以前の隠れ家と共に瓦礫の下に埋まっている。だから大した量はないはずなのだが、それでもダンボールが山になった。大半が近郊のスーパーで買い込んできた食料や生活必需品の類いだった。買い出しに行ったのはワカナとマーゴンだが、代金がTDF持ちだとわかった瞬間、箱が5つは増えたらしい。間違いなく必需品じゃないものもいっぱいあるはずだ。シンは、自分も一緒に行けばよかったと思ったが、それどころではなかったのだ。
 あの戦いの後、意識を失っていたシン、軽い怪我を負っていたゴゼンヤマ・エドサキ両博士、そしてオニギリの頬張りすぎで呼吸困難に陥っていたカオリ(どういう状況だったんだ?)は、近郊の病院に運び込まれた。
 一方、R、ガール、ミニライガーたち、それに救出した初代イバライガーは、TDFのPIAS開発施設に収容され、ワカナとマーゴンはそっちに付き添った。TDFを信用したわけではないが、今までの隠れ家はもうないのだ。それにRは危険な状態だったようで、設備の整った環境がどうしても必要だったのだという。
 2日ほど眠り続けたシンが目覚めて駆けつけたとき、イバライガーRはまだNPLプールの中で眠っていた。
 NPL=ナノ・パーティクル・リキッドは、イバライガーの体細胞とも言えるナノパーツを液状にしたものだ。TDFの研究者が開発し、PIASとパイロットの神経伝達に利用されている。イバライガーのボディは全能性のある細胞のような性質を有するナノパーツで構成されていて、その1つ1つに特定の部位としてのプログラムを与えることで、身体のあらゆる部分になる。TDFの技術ではスパコンを使わないと特定の機能を持ったパーツとしてプログラミングできないが、イバライガーはそれを任意に、リアルタイムで行える。つまり、どの部分の細胞でも特定の部位の細胞へと、自分の意思でリプログラムできるのだ。身体の一部を欠損したとしても、他の部分のナノパーツを移動させることで瞬時に再生させられる。当然、全体のナノパーツは減少するが、ナノパーツ自体は感情エネルギーを変換して増殖させられる。すぐに元通りになるわけではないが、一時しのぎはできる。今までの戦いでも、イバライガーたちはそうやってダメージ箇所を補いながら戦っていた。
 自己修復でき、もしかしたら成長もできるヒューマロイド。それがイバライガーだった。
 そのナノパーツを満たしたNPLプールに浸っているということは、破損した体細胞を自在に補充できるのと同じことなのだ。
「すごかったよ〜〜、シュワワ〜〜ってなって、あっという間にピカピカに治っちゃったんだから!」
 そのシーンを見ていたワカナが自慢げに言っていた。いや自慢するのなら、もうちょっと科学者らしい表現しろよ。
 それでも感情エネルギーの補充まで、すぐに終わったわけではなく、Rが再起動できたのは、さらに3日後……昨日のことだった。
 その間に、世の中は大きく動いていた。
 真実のほとんどが伏せられたままとはいえ、イバライガーやジャークの存在が公表され、シンたちの指名手配が解除された。表向きイバライガーは、警察の特殊部門ということになったのだ。全ては事後報告でシンやワカナに相談はなかったが、特に文句はなかった。実際、そのほうがお互いにとって都合がいい。
 ただし、本当に組織に組み込まれるわけにはいかない。
 オレたちにはオレたちの道がある。組織に加われるくらいなら、もっと早くに投降していた。例え拘束されても、そのほうが有効だと思えれば、そうしていた。
 だが、それはできない。
 社会は、制御できない異分子を嫌う。まして自分たちよりも強大な者となれば、なおさらだ。善悪とは関係なく、イバライガーの存在自体が社会にとって脅威とみなされる。投降すれば著しく行動を制限されただろうし、それではジャークに対して後手に回りすぎるのは明らかだ。
 しかも今は、ブラックがいる。未だに仲間ではないが、少しずつ距離は縮まっているように思える。幾度か一緒に戦うこともできた。和解の道は閉ざせない。自分たちは、彼をいつでも受け入れられる状態でいなければならない。TDFの一員になどなったら、敵対関係になりかねないのだ。
 そうした事情をTDF、つまり政府に納得させ、非公式でもなんでも認めてもらうしかない。こちらにだけ都合の良すぎる条件を丸ごと飲んでもらうしかない。
 その交渉のために、シンは駆け回って……はいなかった。
 こちらが隠さなかったというのもあるが、TDF側でもかなりの情報は掴んでいたからだ。厄介なことになるかと思ったが、ほとんどの条件をすんなり飲んでくれた。Rやガールと共に戦った現場の隊員たちからも擁護の声が上がったという。
 結局、今まで通りでカネだけ出す、というのに近い条件でまとまった。最初からその気だったのか、あっけないほど簡単に決まり、新しい基地も用意された。ここと同様の設備が搬入され、博士たちとカオリは入院していた病院から、直接そちらに移っている。眠ったままの初代イバライガーとミニライガーたちも、すでに移送されているという。
 そして、ようやくRも回復して、今日、全員が新基地に揃うのだ。
 ミニブラックは行方不明だが、心配はしていない。ブラックのところにいるに決まっているし、カオリがミニブラックの愛犬ねぎを預かっているから、必ず戻って来るはずだ。
「ほらほら、ぼんやりしてないで、さっさと荷物を積んで出発しないと今日中に引越し終わんないでしょ!」
 ワカナに尻を蹴っ飛ばされた。
「病み上がりの人間を蹴るな!」
「ナニ言ってんのよ。シンは寝てただけでしょ。アンタたちが寝てる間も働いてた私やガールのほうが疲れてんの」
「お前らだって、好きなものを買ったり食ったりしてただけじゃね〜か!」
「食べて力をつけるのも大事な仕事なの! シンたちが寝てて感情エネルギーの補充ができない分だけ私が頑張ったんだから!」
「そうそう、ワカナやマーゴンがヒャッハー状態だったからエモーション・ポジティブもいっぱいで、私たちもありがたかったんだよ〜〜」
「人(TDF)のお金でやりたい放題ってサイコー!!」
「お、お前ら、オレが寝てる間に何をしたんだ……?」
「だから大事なお仕事」
「嘘をつけ〜〜〜〜〜っ!!」
 とか何とか言い合ってるうちに、荷物のほとんどはRとガールが運び終えていた。二人ともすまん。
 全員が、ワゴンに乗り込んだ。いつものようにワカナが運転、シンは助手席。
 Rとガールは荷物と一緒に後席で、窮屈そうだ。それも、すまん。
「じゃあ、行くとするか……って、あれ、マーゴンは? 今日は朝から顔を見てないぞ」
「ああ、それは……」
 Rが口を挟んだ。
「早く行って、一番いい部屋を自分の部屋にするって……」
「なにぃいいいいいいいっ!?」
 シンとワカナが叫んだ。
「こういうのは早い者勝ちだ、悪く思わんでくれたまえ、シン、ワカナ。うわっはっは!……と言っていたぞ」
「お、おのれぇええ……!」
「シン、飛ばすわよ! 取り返しがつかないことになる前にっ!!」
「おおっ、急げワカナ! 限界を越えろぉおおおっ!!」
「二人とも落ち着いてよ! 事故が起きたら大変でしょ!!」
「それに、もう遅い。マーゴンはこういうことには抜かりがない。今回は君たちの負けだな」
「……………………」
「ほらほら元気出して! 安全運転でレッツゴー!」
 しょんぼりしている二人の間にイバガールが顔を出して、前を指差した。

 カエルが鳴いている。時々、キジやタヌキも出るらしい。
 市街地から、ほんの数キロ離れると、そういう田舎らしい長閑な風景が広がっていて、その中に突然、場違いなハイテク研究施設が建っていたりするのが、茨城県つくば市という地域だ。
 その1つ、つい先日まで農業関係の研究施設だった場所の入り口に、ワゴンを停めた。今も表向きには農業施設のままだが、研究員も職員も、もういない。
 シンがTDFから預かったリモコンを操作すると、ゲートが開いた。車が通過するとゲートは自動で閉まる。建物はまだ先らしい。
 ワカナはバックミラーで、閉じていくゲートを眺めた。
 このゲートは急遽設置されたものだ。つくばには多くの研究機関があるが、そのほとんどは門が閉ざされていたりはしない。むろん、オープンだからといって誰でも入っていいわけではないし、建物の中に入るには守衛室などでチェックを受けなければならないが、敷地内に入るだけならノーチェックな施設は少なくない。ここも以前はそうだった。
 それでも、今回ばかりはゲートで遮断するしかなかった。周辺住民には「スマートフォンの位置情報サービスを利用したモンスターを捕まえるゲームで遊ぶ者がモンスターを求めて敷地内に立ち入ることが多くなったので、やむなくゲートを設置した」と説明しているらしい。苦しい言い訳だ。そのゲームが流行ったのは、もう何年も前のことだよ?
 敷地内を進んでいく。かなりの広さだった。様々な農業技術を研究するために、ちょっとした農地や牧場などまである。
 TDFが、この場所を選んだ理由はわかる。
 十分なセキュリティを施すことができて、一定の研究設備を整えることもでき、もしものときの被害も最小限で済む場所だからだ。
 もちろん、こんな都合のいい物件が偶然空いているわけがないから、接収に近い強引さで用意されたに違いない。ここで研究していた人たちには大迷惑だったはずで、ワカナは申し訳ないような、後ろめたいようなモヤモヤを感じたが、ありがたいものはありがたい。
 イバライガーの情報の一部が一般に公開されたとはいえ、ほとんどは極秘。マスコミなどに嗅ぎ付けられるわけにはいかないし、そもそも自分たちも、イバライガーのこともジャークのことも、まだ分からないことだらけなのだ。調査、研究、実験を重ねながら戦っていくしかない。そのためにも、こうした拠点は必須なのだ。
 それに、これだけ広ければミニライガーたちを遊ばせてあげたりもできる。
 ヒューマロイドとはいえ、メンタルは子供そのものなのだ。人目につくことはできないが、それでも、できるだけのびのびと暮らさせてあげたい。
 遠くで、工事の音が聞こえた。
 外周全体を覆うフェンスのさらに内側に、高い塀を作る工事が急ピッチで進められている。ちょっと物々しい雰囲気になるけれど、元々、林で目隠しされていたし、壁自体にも風景をペイントして目立たないように偽装するということだから、それほど窮屈な感じはしないかも。のんびりした景色だけど、またジャークが襲ってくることもあるはずなのだ。前回みたいなことがまた起こったら、今度こそ大勢の人を巻き添えにしかねない。自分たちを守るというよりも、周辺を巻き込まないために強固な壁がいるのだ。
 小道を数百メートル進むと、建物が見えてきた。
 見た目は研究所というよりも、どこかの町役場のような建物だが、泊まり込みで研究する職員のための住居スペースもしっかりしているという。
 ワカナとシンは、顔を見合わせて苦笑した。それぞれに研究機関のインターンだった頃に、そういう場所に寝泊まりしたことは何度もある。まだ何も起こっていなかった頃。普通の人たちと同じ日常を送っていられた頃に戻ってきた。そんな気分になる。
 車を正面に停めた。本来は数十メートル先の駐車場に停めるべきだが、もう他に誰もいないし、訪れる者もいないのだ。
 後席のドアが開いて、イバガールが飛び出した。
「あ〜〜〜、息苦しかった〜〜〜〜っ!!」
 ヒューマロイドだから息は平気のはずだが、狭い車内で人目に触れないようにじっとしているのは、ガールの性格的にもキツかったのだろう。生真面目なRでさえ、敷地内に入ったときから窓を開けて、顔を覗かせていた。今までも隠れ家暮らしだったから、広々とした場所に堂々と出られるのは、やはり気持ちがいいらしい。
 ここが私たちの新しい家。
 そう思える場所があるというのは、嬉しい。
「さて、みんなどこにいるのか……」
 シンが伸びをしながらつぶやいたとき、玄関ホールの自動ドアが開いた。
「ワカナ、シン……」
 ミニイエローの声だ。よかった、元に戻っ…………え?




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