●[広告漫画家のつぶやき]
12.漫画家は本当にツブシがきかないのかな?
漫画家は、学生時代から漫画家を目指していて、マトモな就職経験もないままにプロになり、その世界しか知らずに生きてしまうことが多い。
だから、ある意味では世間知らず。漫画家以外の仕事に就かなくてはならなくなったりするとツブシがきかなくて困ったり、どうしていいか分からなくてフリーターやニートみたいになったりする人も多いんですね。
ボクのように広告の世界に移って、広告漫画家やイラストレーターを目指す人もいますが、漫画家やイラストレーターを社員として雇う会社は、ほとんどないのが現実。ボクも漫画家として広告業界に入ったわけじゃないんですから。
そりゃそうです、広告の全部にマンガやイラストが必要なわけじゃないし、ちょっとしたカット程度なら、フリー素材集でもいいんだから。
たまにしか必要としない職能を固定費で抱え込む会社なんか、今どきありませんって。

でも・・・、本当にそうかな?
少し別の角度から見てみると、漫画家としてアタリマエにやってきたことの多くは、少なくとも広告業界では生かせることが多いんです。

いや、漫画家として雇ってくれ、イラストレーターとして就職させてくれって言えば、ほぼ確実に「さようなら」ですよ。ウチのような「マンガを作る会社」でさえ、どっちかと言えば漫画家やイラストレーターよりもデザイナーや営業スタッフを優先しますから。
だって、マンガの仕事であっても、マンガだけやってるわけじゃないもの。
マンガ冊子を作るとしたら、各ページの編集も、デザインも、DTPもやらなきゃならない。WEBコミックだって、ホームページのデザインやコーディングができなきゃカタチにならない。全体としては、マンガ以外の部分に投じる時間のほうが多いもんだし、そもそも仕事を取ってこれなきゃダメだしね。
だから、ただの漫画家やイラストレーターでは、就職するのは難しい。

でもね、「漫画家」じゃなくて「マンガも描けるクリエイターなら、全然違う。
マンガだけやりたい、イラストだけやりたいなんて言ってないで、これまで培ってきた職能に、新しい職場で求められている職能も、ちゃんと受け入れて、学んでいく気になれれば、漫画家が持っている能力は、すごく大きな力になるんですよ。
ボクがそうだったから、これは間違いなく言える事。
いくつか、例を挙げてみますね。

「広告でイラストやカットを使う頻度は高い」
「けれどデザイナーの多くは絵が描けない」


今どきは、ほとんどの広告物にイラスト等が使われています。けれど、デザイナーさんはイラストレーターではないから、外注して描いてもらうか、素材集などのカットを使うのがフツー。でも、デザイナーが自分で描けるとしたらコスト削減できて利益を増やすことができる。いや、普段の仕事は総務の人でも何でもいいんですよ。本来求めた職能にプラスアルファでやれればいいっていうだけだから。
これ、明らかに有利です。
最初は、ただ便利に利用されているだけでもいいと思います。本人がどんどん自分の能力をアピールしていって、会社の考え方を変えちゃえばいいんだから。
画力のほどやタッチは人それぞれですけど、描けるというだけでもワンポイントなんですよ。ボクはずいぶん救われたしね。

「漫画家の能力(画力以外)は広告でも活かせる」

絵が描けるっていうだけじゃなくて、漫画家はコマ割とか、フキダシの位置とか、構図といったレイアウトだってやりますし、デザイン的なセンスも問われる。自分でストーリーを考えるから、企画力や演出力だってそこそこあることが多い。
ルールや道具が違うだけで、同じ能力を使うって感じかな。
ルールや道具の使い方は、覚えれば済むことですからね。
「つぶしがきかない」とか言われる漫画家ですが、ちょっと別な角度から光を当てれば、意外に応用できるんですよ。これは、先輩プランナーがマンガに理解のある人だったから、そういう光を当ててくれて、気付かせてくれたという感じです。

「読者にウケなきゃならない、という結果主義でやってきた経験を積んでいるというメンタルな部分は大きい」

ボクは、これが漫画家の「一番強力な武器」だと思うんです。
それは「結果を出そうとする姿勢」の差に出てくると思っています。
勝とうと思って勝てるなら苦労はないんだけど、だからって「やるだけやってみよう」なんていうアマい考えじゃダメってことかな。マンガは、どんなに頑張ろうが、売れなきゃダメですからね。努力してますとか、残業もしてますとか、ど〜でもいいの。お客が求めているのは「結果」なんだから。
ボクは、ボクシングの世界フライ級王者「内藤大助選手」の試合パンフレットを手掛けさせてもらっているのだけど「仕事に取り組む覚悟の違い」って言うのは、そういう格闘技とも通じる部分があるように思います。
本気で勝とう、勝てると思ってる幼稚園児と、そうは思ってないプロボクサーなら、たぶん幼稚園児のほうがコワイ。気迫とかね、あるんですよ。
それと同じで、クライアントの資金でボクらは、広告の勝負をする。反響が出る、売り上げが上がるといった結果を保証することは難しいけれど、だからこそ、本気で勝とうと思ってやらなきゃ申し訳ないわけです。
アタリマエのようでいて、この覚悟は、会社員ではなかなか培えない部分なんですね。身銭を切っている経営者さんなら分かるんだけど、従業員の立場では、ピンと来にくい。でも、最後の最後は、そういうところで差が出てくるのを、ボクは何度も見てきました。
負けちゃっても仕方ないやと思ってる選手には、誰も投資してくれないですよ。逆に、本気でやってれば、負けても認めてくれるもんです。本気なら、1度や2度の失敗くらいで、クライアントに見限られたりはしないんです。少しくらいホサれたとしても、必ずチャンスが巡ってくるんですね。
若いときに「常に結果を目指さなきゃならない」を経験できたことが、大きかったと思っています。

「広告業界にはイラストレーターは多いけれど、漫画家はいない」
「広告マンガの需要は多くはないが、確実にある」

広告業界にいるのはイラストレーターだけ。漫画家は、まずいない(ゼロではないと思うが)。
いないってことは、需要がないからとも思えるけれど、これまたゼロじゃないんですね。出版社と違って、この世に存在する事業主の数だけ可能性はあるわけで、そのホンの少しだけが振り向いてくれたってだけで、十分以上に食っていけちゃうんです。
そもそも「広告マンガの旨味」が一般に知られていない上に、それを扱う代理店も整備されていないから、需要がないというだけなんですね。一度やったクライアントには、またやりたいって言われることが多いですから。試食会やって、美味しいってことを分からせることができれば、ちゃんと売れる。「まだ伸びていない」ってことは、「これから伸ばせる」ってことなんですよ。

「漫画家はいるが、広告漫画家はいない」

広告マンガは、あくまでも広告ですから、そのイニシアティブは広告会社もしくは広告主が握ります。広告主や広告会社が考えた企画案に沿ってマンガを描く(あるいはキャラクターを提供する)ということになるわけです。

でも、広告会社ってマンガの専門家ではないでしょ?
一方、漫画家は広告の素人。
この両者が本当に分かりあえるわけもなく、プロ同士なのに、分かりあえるのは素人の部分だけということになる。

マンガのことは分からないから、漫画家に任せよう。
広告のことは分からないから、広告会社に任せよう。
そんな状態で作ったモノが面白いわけもない。
だから、広告のマンガはつまんないんですよ。

面白くなければ広告効果につながらないわけで、マンガ広告に興味を持っていた人々も「上手く行かないものなんだな」と見限ってしまう。マンガ大国なんて言われているクセに、そういうマンガの活かし方ができていないのは、そのせいなんです。

それに、漫画家って、広告の仕事を嫌がりますよね?
背に腹は代えられないから仕方なくやるってコトはあるんだけど、積極的にやりたがる人が少ない。なんせ、連載などの仕事がもらえないっていう証拠みたいなモンだからね。売れないからやってる、自分は連載で人を楽しませることができないと、自ら証明するような気分になる。ボクも、最初はそうだった。
だから、本気を出さない。
「こんなモン(広告)なんかに本気を出したらモッタイナイ」と思ってるのかも。
ボクのオフィスに「誰もが知ってる大物漫画家」が手掛けた広告マンガや「有名マンガ誌編集部が監修し連載経験のある作家と原作者」が描いた広告マンガがあるけれど、どちらも「オマエら、自分の連載だったら、こんなヒドイもの絶対描かないだろ!」と言いたくなる出来栄え。
高い金を払って依頼した企業が可哀想です。

結局、ボクのときのように、マンガを理解した広告プロデューサーか、広告を理解したマンガプロデューサーか、どちらかがいないと、本当に使える広告マンガにならないわけです。
ボクは、その前者に見い出され、後者になったという感じなんだけれど、他にそういう人はほとんどいない。ライバルがいない(少ない)ってことは、それだけで強いわけです。

他にも、色々と「さすが漫画家さんだなぁ」と感心してもらえたりすることは多いんですが、とにかく、漫画家は本当はツブシが「すごく利く」んです。
マンガを描くことばかりに固執しないで、他の仕事も楽しみながら「マンガを描き続けていく」という風に、考え方を改める事さえできれば、ね。