●[広告漫画家のつぶやき]
15.漫画喫茶にも新古書店にも反対じゃないです
ボクは、ほとんど毎日のようにマンガ喫茶で昼食をとる。脇にドンっと数巻分のマンガを積んで、行儀悪く読みながらパスタやかつ丼を食べているのだ。
ボクにとって昼食タイムは、単にメシを食うってことではなく、十分な休憩を取り、午前中の仕事を一旦アタマから消して、午後に引きずらないようにするという意味がある。だって、スタイリッシュな化粧品の広告を作った気分のままで、爆笑ギャグに取り組むのって無理だもの。
だから好きなマンガに没頭して、それまでの気分が消えるまで待つの。マンガ喫茶にはロクな食事メニューはないのだけど「アタマを休めて意識を切り替えるコト」が一番の目的だから、個室で気持ちを休められるマンガ喫茶が最適なのだ。
そういうわけで、ボクは昼飯が長い。少なくとも2時間は戻ってこないから、思いきりシエスタって感じ。イタリア人と違って、その分、夜が遅くなるんだけど、ま、余暇の時間を分割して使ってるようなモンだと思ってる。

いつも使っているマンガ喫茶はネットカフェでもあるのだけれど、ネットにはキョーミない。仕事でず〜っと使ってるし。最近、お店がリニューアルされて、お気に入りの「マッサージ椅子」がなくなっちゃった。オッサンの客は少ないってコトなんだろうけど、誰かオヤジ向けのマンガ喫茶を作ってくれないかなぁ?

・・・と、イントロが長くなったけど、そんなコトを知り合いに話したら
漫画家なのにマンガ喫茶に反対じゃないの?
と聞かれてしまった。彼にとっては、相当意外なコトだったらしい。

ええ、全然、反対じゃないですよ。
トーゼンじゃないですか?


マンガジャパンなどの団体をはじめとして、多くの著名な漫画家たちが、マンガ喫茶やブックオフのような新古書店に抗議していることは、よく知っている。
事実、マンガ喫茶の存在は、マンガの売上にマイナスだろうとも思う。ボクだって、マンガ喫茶がなかった頃は、書店で単行本やマンガ雑誌を買って、喫茶店やファミレスなど粘れるお店でソレを読みながら昼食を食べていたしね。マンガ喫茶や新古書店でいくら読まれても「出版社」には一円も入らないものね。だから、実感として、マンガ喫茶が「出版社の利益」を損なっているのは間違いないだろう。

約760名の漫画家・原作者・プロダクションが加盟しているという「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」では、新古書店でのマンガ販売に反対していて「緊急アピール文」を再三マンガ雑誌等に掲載している。
そして2005年の著作権法改正で、それまでマンガには認められていなかった「貸与権」を獲得している。つまり、マンガ喫茶でレンタルで読ませる場合、売上の一部を漫画家に払うってことになったわけだ。
漫画家たちの主張は「音楽などでは認められている貸与権が、マンガにないのはおかしい」であり、ボクも真っ当な意見だと思う。

思うんだけど、全然共感はできないの。

そもそもこの話、漫画家が困るんだという主張だけで、消費者のことを全然考えてないんだよね。緊急アピール文の中には「新古書店や漫画喫茶が、読者の方々にとってある意味で便利な存在になっていることは理解しています」と書かれているのだけど、本当には理解していないんじゃないかな。
だってさ「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」の会員リストを見ると、著名な先生方がズラリなんだよね。リストの全員とは言わないけど、でも多くはン千万とかン億円とか、明らかにボクら庶民よりも高額な収入を得ている人たち。
一方で庶民は、年収200万とか300万で、毎回新刊本なんか買えなくて、それでもマンガが読みたくて、生活の知恵として新古書店を利用している。
それに反対している
わけだよね。
「理解している」とは思えないんだけど。
新古書店でマンガの売買ができないのだったら、今より買わなくなると思うな。

まるで、庶民が苦しもうがなんだろうが、オレたちにカネが入らないんだったら、許さん!って言ってるみたい。アメリカの空調の利いた快適ビルの中で、新薬の特許を確保していて、アフリカの人がエイズで何万人死のうが、カネが払えないなら薬は売らんっていう感じ。
そんなつもりは毛頭ないのは知ってるけど、そう聞こえるんだってば。
(正論であっても、こういうことは金持ちが言っちゃいかんと思うな)

貸与権のほうは、新古書店にくらべれば納得できるんだけど、でも、音楽とマンガでは印税の方式が全然違うんだよね。
マンガの単行本の場合、売れても売れなくても出版した部数に対して印税がもらえる。でも音楽等は、あくまでも売れた数に応じて、でしょ?そういう部分も音楽と同じ土俵に立った上でなら大賛成なんだけど、そうじゃないんだもん。スッキリしないんだよね。

それに、食料品など中古が成立しないモノ以外なら、中古市場やレンタル市場は「アリ」なんだと思うんだよね。消費者の欲求に対応して生まれたものであって、ごく自然なことだと思う。そういう、本来「アリ」なものを「ナシ」にしようってのは、無茶だと思うんだ。もともとのマンガなんて「貸し本」だったんだしさ。
だいたい、新古書店では新刊は売ってないでしょ。裏ルートなどで新刊を手に入れて、それを売っているようなら糾弾されて当然だと思うけど、新古書店が書店で新刊本を定価で買ってきて、値下げして売るなんてことはあり得ないわけだしさ。

それにヘンな部分が多すぎるんだよ、「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」がやってる事って。
まず「新古書店」と「漫画喫茶」に限定しているのがヘン。旧来の古書店で、小規模にやってるならいいけど大規模にやられちゃたまらん、という言い方なんだけど、悪い事は悪いというのが普通で、万引きはいいけど泥棒はダメっていうのはヘンでしょ。
古書店が営業努力を重ねて、やがて多店舗・大型化していって新古書店と呼ばれるブックオフみたいな規模になったら、それはダメって言い出したわけだ。そんなのヘンじゃん。

それにもっとヘンなのは、こうした主張をしているのが「漫画家」だってこと。
だってさ、利益を損なっているのは、出版社で漫画家じゃないよね?
漫画家は出版された単行本の部数と価格に応じた印税をもらうのであって、売上に応じて印税額が変わるわけじゃないもんね。
むろん、売れなくなれば漫画家の利益も損なうんだけど、直接的にダメージを受けるのは出版社であって、漫画家ではないよね。同じ事のようだけど、これはちょっと区別しておきたいな。ボクら読者が直接向き合っているのは、出版社だからね。
そうすると漫画家たちは「今まで通りの部数を出して」とか「印税率を上げて」とか、マンガ喫茶じゃなくて出版社に対して要求する事だってできるはずなんだよね。むしろ漫画家は出版社に待遇改善を求めて、出版社が消費者に「お願いする」のが自然なんじゃないかな。

それなのに、出版社自体は何も言ってないんだよね。
それどころか「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」の緊急アピール文がマンガ雑誌に掲載されるときにも
「21世紀のコミック作家の著作権を考える会の要請を受け、漫画作家の方々の考え方を理解した上で、このアピール文を掲出することにいたしました」
と断り書きを添えている。
出版社の意見じゃないよ、というわけだ。
こうなると、なおさら漫画家は出版社に対して文句を言うべきだろう。
消費者に持っていくのは筋違いというものだ。

結局こういうことは、マンガがどんどん一般化していって、書店だけじゃなく、新古書店といった二次販売も成立するくらいに発展したってコトだと思うんだ。
100円ショップができて、ちょっとしたモノならホームセンターでは買わなくなったのと似たようなモンで、マンガが大量に出回るようになって、マンガも消耗品の時代になった、っていうことなんだろう。

だから家電品とか自動車などと同じように、マンガ業界も一般書店での一次販売だけの利益でやっていけるように構造改革し、営業努力をしていくしかないと思うんだよな。極端な話、単行本の価格を引き下げて、新古書店じゃなくても気軽に買えるようにしてくれれば、ちゃんと新刊で買うでしょ。

そもそも、最近は単行本を出してもらえない、なんてもことも多いと聞く。
ボク的にはマンガの原稿料が安いのは、単行本でフォローする事が前提になっているからだと思うんだ。単行本が出せる分量が貯まればちゃんと出る。売れなかったとしても、発行した分はもらえる。だから印税前提で頑張ればいいのであって、描いたのに本が出ないなんてことはあってはならないハズ。

でも、売れそうにないモノは出さないってのは当然でもあるんだよね。
環境問題を考えても、余計な出版物は減らすほうがいいでしょ。
で、そうなら単行本印税に頼らない収益システムに変えていただくしかない。
つまり、原稿料のほうを多くしてもらう。
ボクは、印税生活者とそうでない漫画家の両方あっていいと思ってるんだよね。売れているヤツは印税で食えばいいけど、それほどじゃない段階では、印税は出版社に差し出しちゃって、その代わり原稿料を引き上げてもらえばいいんだ。平均10万部以上なら印税方式とかさ。売れっ子になれば印税生活者になってガッポリ。そこそこの段階では、原稿料でコツコツ。それでいいじゃん。
それに、原稿料=生活費であれば、枚数を落とせば生活に響く。だから休載はしにくくなる。近頃のマンガ雑誌は、主要連載陣の休載が目立つ。巻末の目次ページをチェックして目当ての作品が載っているかどうか調べてからでないと買えないくらいだ。ようするにマンガ誌を信用できなくなっているんだ。原稿料が生活のメインだったら、そういうこともなくなると思うんだよな。

そういうことには手をつけずに、新古書店やマンガ喫茶を糾弾されても、全然共感できるもんじゃない。マンガの中では「人間カネばっかりじゃない」と説いているくせに、生臭く「カネよこせ!もっとよこせ!」と言ってるだけに聞こえちゃうんだよ。

漫画家にお金が還元されないと漫画文化の発展を阻害する、という主張自体は正しいと思う。
でも、ビッグマネーじゃないとダメとは思わない。ボクはクライアントにビッグマネーなんか求めないけれど漫画家であり続けたいと思うし、そうである以上、少しでも面白いもの、いいものを描こうと思う。漫画家という職業自体が持っている魅力というものが、ちゃんとあると思う。その輝きを失わない限り、人並みに食っていける程度でもマンガは廃れたりしないと思うよ(金持ちになりたくて漫画家を目指すのだって構わないけど、ソレばっかりじゃないだろ?)。

ま、ボクは印税で食ってない漫画家だから、そういうことを言うわけで、印税が主要な収入である漫画家たちは、賛成しかねる意見なんだろうけどね。
でも、未だに、マンガ界には組合もないんだよね。マンガって結局は個人業だから、うまくいってる人とそうでない人の歩調なんか合わないからだよな。で、力のある人は「うまくいってる人」だから、組合なんかいらないわけだ(これは、ボクの妄想だけど、そんなにズレてはいないと思う)。
とにかくマンガ界には、構造的な問題が山積している。それを放置したままで、外部要因優先でツッコむっていうのは、納得できない。だいたい、マンガ喫茶がなかった頃だって、売れない漫画家やアシスタントたちはビンボーだったんだぜ?マンガ喫茶がなくなったとしても、たいして改善されないと思うんだけどな。
売れないで困ってる連中にとっては、タダで読めるマンガ喫茶に置いてもらって、買ってまでは読まないはずの、少しでも多くの人に読んでもらい、自分の作品を知ってもらうほうがメリット大きいんじゃないのか?
本気でマンガの未来を考えているっていうなら、まずは「うまくいっていない人」の対策は絶対必要だと思うし、やるべきことをやらないで放置して、他所には文句言うってのは、カッコワルイと思うなぁ。

そんなわけで、今日もボクはマンガ喫茶で昼食をとるんです。


オマエだって単行本出して、印税もらう段階になったらほしいだろ、という意見も聞きましたが、ええ、そりゃもらえるっていうなら欲しいですよ。フツーに書店で買っていただいた分はね。中古市場までは知らないよ。
それにボクは、漫画家=著作権ビジネスだと思ってないの。著作権で食うんじゃなくて、マンガを描いて食うものだと思ってるから。著作権で入ってくる収入があるとしても、それはオプションのようなもので、ソレを当てにしたりはしないつもり。
(一般の漫画家って本来オプションでしかないはずのモノを前提で考えているから、話がオカシくなっちゃうんじゃないの?)
ま、広告マンガでやってる限り、そうするしかないってコトでもあるんだけど、それでは嫌だと思ったことはないなぁ。それでも一般的な会社やお店で働いている方々と、同程度の苦労と収入には届くからね。
好きな仕事で、人並みにやっていけるんだから、それでいいじゃん。