●[自分の力でやった人たち]
03.お客様からの苦情をチャンスに変えたホテル
2000年10月。あおば台幼稚園を手がけた直後に引き受けたのが、水戸京成ホテルである。
同ホテルでは、<旅の窓口>などのオンラインサービスを経由しての予約端末はあったが、本格的なホームページ開設は初めてのことであり、まず、最初に、どの程度のオンライン対応を行えるのかを詳細に聞いた。
どれほど優れたメニューとシステムを用意しても、それが実際に活かされなければ、何の意味もないからだ。こうした点に気を配らずに、企画やシステムサービスのみに目を奪われると、費用ばかりがかかって実体のないサイトが、またひとつ増えることになる。
やはり、WEBサイトに関する知識はあまりない、という印象だった。
だが支配人に熱意はあった。
覚えられるものは覚えたい、やれることはやっておきたい、という意欲を感じた。

大小に関らず、ホテルには、宿泊を中心とした総合施設的な側面がある。そのため、ホテル自体の広報や予約システムは当然だが、レストランなど、館内施設ごとの情報リリースを、いかに円滑に行えるか、が焦点となった。
また、当時、急激に増加し始めていた<インターネット対応携帯電話>向けの情報供給も考えるべきだった。

館内にはいくつもの施設があり、それぞれ毎日のサービスが異なる。そのすべての情報整備をインターネットに不慣れな総支配人、またはそのスタッフに求めるのは無茶であった。
完成した水戸京成ホテルWEBサイトは、一見、水戸京成ホテル全体のガイダンスページに見えるが、実は館内施設、担当窓口ごとの、7つの単独のホームページを統合する、という形式で作られている。それぞれに独立した更新システムと管理ディレクトリを用意し、管理負担を部署ごとに分散させたのだ。

サイトが完成し、オンラインで閲覧できる状態になってから、2度、私たちは管理手順の説明会を行った。全員、電子メールの設定さえ分からない状態であったが、スタッフは、私たちの提供したシステムの使い方をすぐにマスターし、数日後に同サイトは一般公開にこぎつけることができた。

公開して約1週間程たったある日、支配人からの電話が入った。水戸京成ホテルのホームページには、お客様からの声を集めるために、電子掲示板を設置してあったが、そこに苦情が書かれた、というのだ。
確認してみるとかなり辛辣なメッセージで、子供のバースディにホテルのレストランを使ったが、対応が悪くてがっかりした、というものだった。
こうしたことは電子掲示板が自由に意見を書ける機能である以上、必ず起こる問題といっていい。

支配人は、すぐに、この意見をWEBサイトから削除することを望んでいた。
相当に焦っていたといってもいい。
宣伝のために作ったホームページで、まだ、何の手ごたえも感じていない時期。
そこへ、いきなりの苦情なのだから、無理もない。
こんなことならやるんじゃなかった、とさえ思っていたかもしれない。
だが、私たちはそれはかえって危険である、と判断した。意見の削除は管理権限を持つ支配人自身の手で行えるが、すでにその意見を見た人たちもいるはずである。もちろん、書いた本人は知っているわけだから、今更隠しても無駄というものだ。そもそも、この程度のトラブルは最初から折り込み済みであり、むしろ、こうした問題が起こるのを心待ちにしていた、といってもいい。
私たちは、支配人にレスポンス(意見に対する返事)を書くことを頼んだ。掲示板には書いた本人の電子メールアドレスも表示されていたが、直接の電子メールだけではなく、掲示板自体に、ホテル支配人からのメッセージとして書くのだ。
できるだけ、丁寧に、そして隠さず、謝罪する。
支配人は慣れていないので代筆して欲しい、と言ったが、私たちはそれも支配人自身に委ねた。キャッチコピーを作るのではない。文章の巧さより、気持ちの問題なのだ。
支配人は、大変失礼した、できれば名誉回復の機会を用意させて欲しい、といった内容を(恐らくたどたどしい手つきで)、掲示板に書き込んだ。

数日後、また掲示板に新しいメッセージが追記された。
真摯な対応をしてくれてありがとう、という感謝のメッセージ。
支配人は、苦情の原因を調べ、従業員に注意し、先の家族をもう一度招待したのである。

このトラブル以降、水戸京成ホテル自身による公報活動とも相まって、同サイトのアクセスは急激に増加した。決して安くはない館内レストランのランチはオンラインだけで予約満員となり、宿泊予約も常時入るようになった。
広報だけでも、ある程度のアクセスは期待できる。
だが、それらの<冷やかし客>を実際に<お客>に出来るかはまったく別だ。
支配人の真摯な対応が、水戸京成ホテルに対する信頼を勝ち得て、現実の予約へと走らせたのである。また、こうしたトラブルをごまかさず、スタッフの応対なども注意し直したことで、ホテル全体のサービスレベルの向上にもつながった。

本件も、私たちはデザイン、技術、アイディアなどを提供したが、実際に運用し効果に結びつけたのは、支配人や各部署のスタッフの力である。
2002年現在、各スタッフは、独自のWEB書き替え機能を使って、ニュース以外の部分さえ、自分たちで更新するようになっている。
最初は億劫に思えたことでも、できることから、少しづつ覚えていったのだ。
続けることで欲も出てくる。
すでに水戸京成ホテルWEBサイトは、私たち制作者の手から離れて独り歩きを始めている。