●[自分の力でやった人たち]
05.毎日6000人に返事を書いた直販農家
ホームページを運営していると、実に様々な人から電子メールが舞い込むようになる。中にはDMなど、無視してしまっても構わないものも多いが、インターネット上での注文、問合せ、相談などのアクションは、実質、電子メールによって行われているため、これらへの対応を怠るとネット営業している意味がない。

土浦市でれんこんを生産している個人農家<大竹ファーム>が、オンラインのプレゼントキャンペーンを行ったのは、2001年秋のことである。1999年以来、続けているれんこん直売サイト上にて開催したもので、お歳暮シーズンに向けて客の興味を引きつけるための戦略であった。

大竹ファームホームページは、認知度も低く、それほどアクセス数の多いサイトではない。制作費もわずか5万円。だが、名刺や梱包ダンボールにも描かれている家族のイラストが、個人農家の温かみを感じさせ、開設以来、徐々にネット上の取引が増えて、独自の販売ルートを確立しつつあった。
個人客への直売はもとより、料亭などへの卸も、ネット上でオファーが出始めていたのである。

生産者直売の体制は、利益率の面でも旨味が大きい。
当時、大竹ファームでは年間平均1000箱程度をネット販売していたが、こうしたアクションをさらに増やすために、私たちはオンラインキャンペーンを提案した。
期間は1ヶ月。キャンペーンやプレゼント専門の約25サイトに募集情報を掲載し、インターネット上に応募画面を設置した。当選者数は10名。抽選で決められるので、大半の応募者は選外となる。
大竹ファームは乗り気ではあったが、期待もしていなかったようである。

だが、このキャンペーンは私たちプロでさえ驚くほどの大成功を収めた。
毎日、数百件の応募があり、最終的には約6000件の応募があった。無料のプレゼントとはいえ、この数字は過去2年間に大竹ファームに寄せられた電子メール総数を遥かに凌駕するものである。
私たちは、過去の事例から最初からキャンペーンの成功をある程度予測していたが、それでもメール総数は1500から2000件程度、と読んでいたのである。

キャンペーンは何のために行うのか。
そのことに、少し触れておきたい。
自慢の商品を無料でプレゼントしてしまうのだから、それだけで終わってしまっては単なる赤字である。企業や商品、あるいはサービスの認知度アップがキャンペーンの目的だが、では何故認知度を上げたいのか。
当然、商品を買ってもらいたいからだ。
実は、こんな当たり前のことを忘れてしまう人たちが多い。
当選者に商品を送る。ここまでは、ほとんど例外なく実行される。
サイト上に当選者発表や感謝のメッセージを出す場合もある。
だが、そこで止まってしまう企業の何と多いことか。
確かに外向きの対応は完了しているが、それはキャンペーンの終了手続を済ませた、という程度に過ぎない。かつてないほどのメールが届いたことで、自己満足してほっとしているのだ。大量のメールを毎日受信する苦労から開放された安心感もあるのだろう。
だが、せっかく数千人もの<自社商品に興味がある人の名簿>が集まったのだ。
企業自身にとってキャンペーンはここからが本番と心得たい。

集まった名簿に、後日フォローメールやDMを送る。これが営業の本番であり、こうした営業メールを送るきっかけづくりとしてキャンペーンがある。まっとうなキャンペーンなら、こうしたDM戦略は必ずセットと考えていいだろう。
だが、それでも不十分なのだ。
単なるDMは、まず読んでもらえない。開封率は数パーセント、実際の購入アクションが1パーセントなら大成功と言われる。キャンペーンに応募してくるような人たちの元には、毎日数十件ものDMが届いていると考えていい。DMにはうんざりしているのだ。やらないよりはマシ、といった程度の効果しか期待できまい。

では、大竹ファームは何をしたか。
むろん、応募者全員にメールを送っただけである。
ただしDMではなく「返事」を書いた。
ある程度は一律の、DM的な文面であることは否めないが、それでも一人ひとりにメッセージを書き添えて、メールを返した。
多くの場合、メールマガジン機能や一斉メール機能を使って、一度に大量にメールを送る。当然、全員に同じ文面が送られることになるが、大竹ファームはそうしなかった。
例え電子メールとは言え、人力で6000人に手紙を書く、というのは大変な労力である。そこまで「やる」とは、私たち企画者も想像していなかった。

家族で手分けして、毎日少しづつ、それでも2ヶ月ですべて送った。
送信者名には個人名も添えた。
決してDMではないことを分かってもらうためだ。
DMには無関心な人たちもプライベートなメールは読む。
メールは<キャンペーン結果のお知らせ>に過ぎないが、本文には農家を営む一家の温かみが溢れていた。

この効果は絶大であった。
多くの人から、さらに返信もあった。

レンコンがあんなに大きいなんて知らなかった!
さすが本場、美味しそう!ぜひ買いたい!

<キャンペーンに応募しただけ>の相手を、<メールをやり取りする仲>にまで育て上げたのである。
残念ながら正確な開封率や注目度は調査できなかったが、大竹ファームに好感を持つ販売先を確実に増やすことができた。この人たちはレンコンを買うとき、きっと大竹ファームを思い出すだろう。
事実、その年のお歳暮シーズンには例年を大幅に上回る注文があった。

大竹ファームの愚直なまでの対応は、決して効率の良い方法とは言えない。メールシステムの整備や効率的なASPの導入など、検討すべきことも多い。
だが、1対多数のやり取りができると言われるインターネットでも、お客の側から見れば1対1なのだ。
大竹ファームのご家族は、理屈でなく、そのことを知っていた。

この話には後日談がある。
こうしてネットで知りあった人の紹介で、お嬢さんが海外留学できることになったのだ。メールだけ、一度の面識もない相手(最終的には会っている)と、そこまでの信頼関係を築けたことには、もはや脱帽するしかない。