●[ごじゃっぺと〜さん]
26.正装キライ

冠婚葬祭とかね、正装キライ。
いっつも作務衣(さむえ)とか甚平とかで暮らしてるから。ネクタイなんか、締め方わかんないよ。

他のコラムでも書いたけど、ボクはどこに行くときも作務衣に雪駄を履いている。真冬はさすがに他の格好をするけど、1年の8割は作務衣だ。
作務衣マニアじゃないよ。コレはコスプレなの。いや、コスプレマニアでもないぞ。あくまでも仕事のためのコスプレなんだから。見た目から「カタギの職業じゃね〜な」と分かるような格好にしようと思って、それで作務衣なの。

ボクは著名人じゃない。新規客の大半はボクのことなんか知らないし、実力も人柄も不明だ。そういう人からマンガの注文があり、ボクは彼等と会う。彼等は「漫画家と会う」と思っている。その想像の中にいるのは、手塚治虫先生とか松本零士先生とか、見た目からして「漫画家」なイメージだ。
そこに、フツーの背広を着たフツーの人が出てくる。著名漫画家なら、どんな格好だろうが漫画家であることを疑う事はないが、無名だと「コイツ本当に漫画家なのか?」と思うことになる。素人には、マンガや広告の善し悪しを正しく判断することはできないから、有名だとか、成功例が多いとか、何か拠り所がほしいだろうけど、ソレを用意してあげられるわけでもない。となると「コイツに広告を任せて大丈夫なのか?」という不安を払拭し切れない。
その状態で商談に入ると、お客さんは、どこかに不安感を抱えたままで打ち合わせが進むことになる。

プロがいつも正しいなどとは言わないが、デザインもマンガも、創作物である以上、創作者となる人間に任せようという気持ちがお客にないと、余計な口出しをされて、かえってデキが悪くなる事がある。過去の制作事例がどれだけあったとしても、しょせんは過去の話。今回の作品はこれから作るもので、まだ存在していない。それなのに売買契約は確定させるしかない。不安になるのはアタリマエだ。
だから口出ししちゃいけない部分にまで、口を出したくなる。こっちが説明をしても、素直に聞いてくれない可能性もある。それでは困るのだ。プロの料理人の後ろにお客が立って「調味料はもっと多く!」とか「ああ、炒めるのはまだ早い!」とか言われたら、料理できなくなるもんね。

モチはモチ屋。お客にそう思ってもらい、見ず知らずのボクに任せるという覚悟を決めてもらわなきゃならない。
そのためにコスプレしてるのだ。見た目のハッタリで仕事が成功するなどと言う気はないが、それで心理的な障壁はホンのちょっと低くなる。そのホンのちょっとが、とても大事なんだ。やっぱり人は、見た目に引っ張られちゃうんだよ。病院に行って「白衣も着てなくて、どう見てもそこらのオッサン」が出てきたら、不安でしょ?

だから、漫画家だよ、というサインを出す事にしたんだ。で、作務衣に雪駄履きなの。職人っぽくて、一般人がそういう職業だと思いそうな格好だから。マジンガーのTシャツに、プリキュアのペーパーバッグでシャア専用ノートPCとかでもホンマモンにはなるんだけど、それだと別の意味で不安になるだろうから、作務衣なの。

コレはやると決めたら徹底してる。大きな会社での会議とか、偉い人に会うとかでも、貫いている。その格好はヤメてくれ、と言われた事もないな。家族も言わない。あきらめてるだけかもしれないけど。それに便利なことも多いんだよ。作務衣って、なんでもアリなの。パーティとかの特別な場所でもアリだったりするんだ。普段着なのにキメてきたように思われたりね。着ててラクだし。

この話も、実際の仕事の能力とは関係ない話だけど、実はそういう部分に気を配るかどうかで仕事は決まっていく。腕は磨くけど、それを披露できる場所に立つことができなきゃ、どうにもならんもんね。
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