●[広告漫画家のつぶやき]
18.広告漫画家物語(自分史コミック原案)第1話
以下は、以前に当社のパートナー会社「アームズ・エディション」の黎明期をマンガ化した際に、自分の場合はどうだったろう?と書いてみた「広告漫画家物語」の原案です。
原案なので、それほどれ練り込んでないんだけど、普通のマンガ好きの若者が実際に漫画家になり、やがて「広告漫画家」という新しい生き方を見つけていくまでの紆余曲折が分かるので、参考になるかも、と掲載してみました。
あ、実際にコミック化してはいないんで、マンガ版はないですよ(描くつもりだったけど、忙しくて描けないまま放置されてるんだよね)。


基本的にノンフィクションですが、多少のアレンジや誇張はしていますから、セリフまで全部そのままということではありません。ま、インタビューの録音を実際の文章にする時に行うアレンジという程度の違いはあるよ、と。


第1話:夜明け前
1984年。

東京・江戸川区小岩。
深夜。ボロアパート。
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「ロン!、メンピンイッツードラ1ね」
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麻雀をやっている。
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う: ぐえぇえっ!
(直撃されてがっくりしている19才のうるの)
(太ってません、コンタクトなので眼鏡もない、髪も普通)
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点棒を払いながら、ちらと横を見る。
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積まれた同人誌の山。
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なにげなく手に取る。過激なエッチな内容。
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う: ……あいかわらずエゲツないの作ってんなぁ。明日はどこで売るんだっけ?
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仲間A: 流通センター(注01)。今回はコイツがすごいエグイの描いてるから、売れるぜ〜っ(いやらしい笑い)
仲間C: 帰りはどっかで美味いもの食えるよな〜(注02)
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(うるの、そいつのほうへ振り返って)
う: …お前、持ち込み描くって言ってたじゃん?そっちはどうなんだよ?
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仲間B: あ、ああ、商業誌はそのうちな……
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仲間A: そういやDがレモピー(注03)で描くんだってよ
仲間C: あいつ、ヤオイ(注04)だからなぁ……
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仲間たちの声を遠く聞いている宇留野。
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う: (……結局、こいつらプロになりたいって言うだけで、本気でなろうとはしてないんだな……)
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※注01: ■流通センター
東京モノレール4つ目の駅にある東京流通センターのこと。
当時はコミックマーケット(晴海)に次ぐ規模の同人誌即売会が開催されていた。ボクも学校の漫研として参加したことがあるが、エッチ系ばかりが幅を利かせ、普通の創作系同人誌はまったく売れなかった。あまりの売れなさに、ボクも正直、エッチ系をやろうかと思った事がある。が、性描写なんてのは自分自身のコトをさらけ出すようなモンで、自分の性的嗜好を見せ物にしてカネを得ることには抵抗が強く、結局やらなかった(隣で友人が何百万も儲けているのを見ると、ついつい・・いや、でも、の繰り返しだったなぁ)。
あ、エッチ本という意味じゃなければセックスシーンを描いた事はありますよ。人間の基本的な営みな上に、ときに人生を左右するくらいのモノだから、避けるほうが不自然だもの。

※注02: ■帰りはどっかで美味いもの
人気作品を扱ったエゲツないアダルト同人誌(法的には著作権違反)はかなり売れ、1日で数百万を稼ぐこともあった。会場内を巡回する警察の目を欺くために、本格印刷した「普通の同人誌」まで用意するなど、かなり周到で、描き手となる仲間にはプロ商業誌の数倍もの「原稿料」も用意される。
この連中などは、すでに遊びでは済まされないレベルだった。
(でもボクも、特上うな重をオゴってもらったことがある)

※注03: ■レモピー
エッチ系のロリコン専門漫画誌「レモンピープル」のこと。
この頃からアダルト漫画雑誌社が同人誌作家を青田買いするようになる。貧乏学生に現金数十万を前渡しして描かせるようなこともあった。まがりなりにも商業誌なので、同人作家にとっては、最も安易なプロデビューの方法だったが、そこからメジャーへ上がっていった者は少ない。安易にお金や仕事を得てしまうと、そのぬるま湯から出てこなくなることのほうが遥かに多いからだ(そして、いつかソコからもいなくなる)。
ちなみに、エッチマンガを否定してはいない。需要はあるし、ボクだってお世話になったことはあるもの。ただ、安易にやるんじゃなく、やるからに本気でやれよ、と
いうだけ。それと著作権違反はやめようね。オリジナルでもヌケるモノは描けるはずなんだから、版権モノは個人で楽しむだけにしといてほしいな。

※注04: ■ヤオイ
同人作品に多く見られる「山なし(ヤ)、オチなし(オ)、意味なし(イ)」のこと。テーマもストーリーさえもないが、セックスシーンだけを売りにしているので、それでも売れた。男同士の同性愛を描く女性作家の作品が多かったため、現在ではそうした作品を意味する言葉とされている。
(一時期のコミックマーケットは、裏本マーケットのようだったと思う。現在では同人誌を扱っている古書店なども増えたが、全部アダルト。まともな創作系は同人と呼ばないかのようだ。嘆かわしい・・・)



朝。
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東京・銀座。
小さな広告回会社。
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う: お、おはようございます……
(こそこそ入ってくる、うるの。(ちゃんと背広を着ている))
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上司: ……お前なぁ、何時だと思ってんだよ?
また夜中まで漫画描いてたんだろ、
いくら漫画家目指してても今はウチの社員なんだからな!
いい加減にしろよ!
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う: す、すいません……
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上司: 印刷所で中吊り上がってるからな、受け取って納品行ってこい!
う: は、はいっ!(慌てて飛び出していく)
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(クルマを運転する、うるの)

NA: 当時は会社員だった。
学生時代から漫画編集部に作品持ち込みを繰り返していたが、プロデビューは簡単なことではなかったからだ。
月1名弱がプロとして各雑誌社からデビューしていたが、月間の応募数は1000名以上。競争率は1000倍である。
さらに、例えデビューできても連載をもらえるのは、年間で数名程度、しかも人気作家としてレギュラーになれるのは、数年に1人がせいぜいだった。
才能と情熱のある若者の、数万人に1人なのである。
漫画家になったとしても、簡単に食っていけるようになるわけではない。そういう世界であることは理解していたから、短期のアルバイトなどよりも、会社員のほうがいいと考えたのだ。
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(客先でぺこぺこしている、うるの)

NA: 中学生の頃から、漫画家になると決めていた。なりたいとか目指すではなく、なぜかなれると決めていた。
高校生の時には「漫画家に学歴は関係ない!学校の勉強よりもマンガ修行をすべきだ!」と高校を退学しようとしたこともある。アシスタント募集をしていた漫画家の先生に手紙を出したが「高校は出たほうがいい」と断られ、担任や両親の説得もあって高校を卒業し、デザイン系の専門学校へ進んだ。
(このとき、もしも退学していたらと思うと背筋が寒くなる。勉強はともかく、高校生活を経験せずに高校生のドラマが描けるわけがないし、社会人として自立するには、高校程度の社会性は学んでいなければダメだからだ。青かったなぁ。)
専門学校に進んだのは、デザインの仕事をしたかったわけではなく、親元を離れて一人暮らしをして、好きなだけマンガを描きたかったからだ。東京に出れば、出版社への持ち込みもしやすいと思っていた。
そんな具合だからロクに学校にも行かずに、マンガばかりを描いていた。それでもなぜか卒業はできて、ゼミの講師のつてで会社に入ったのだ。
上京して2年、すぐになれると思っていた漫画家には、まだなっていない。
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(再びクルマで移動する、うるの)
NA: だが、それを不安に思ったことはなかった。
自分の漫画は絶対におもしろい。
根拠があるわけではないが、それを一度も疑わなかった。
それに……
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クルマを停める、うるの。
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降りて見上げる。
出版社のビル。


つづく[→広告漫画家物語:第2話「デビュー編」へ]