●[広告漫画家のつぶやき]
18.広告漫画家物語(自分史コミック原案)第9話

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第9話:今と未来(最終回)

数年後。事務所内。
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お客: ……うん、じゃ、そういう感じで……
それにしても、伸びたねぇ、髪!
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(うるの、長髪を振り回しながら)
う: いやぁ、願掛けみたいなモンなんですけどね
自分でやるって覚悟したときに伸ばしはじめたんで、なんとなく切れなくなっちゃって……
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お客: それに、その格好……
(と、うるのを指差す)
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う: どんな会社にも、このカッコで行ってます!
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お客: ……大企業の会議室にも甚平に雪駄か……(注26)
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う: ま、漫画家っすから、ソレッぽいしカンベンしてねってことで。
それに、もう、自分をよく見せようとか、誰かに拾われたいとか、考えないことにしたんですよ。
ボクはボクであって、誰かと比較したりしても意味ないしね。
できることはできる、できないことはできない。
ありのままを見てもらったほうがいいんです。(注27)

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スタッフ: うるのサン、お電話です
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う: ホイ!(電話に出る)
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う: ……ふむ、……はぁ、予算は?200万?
う〜ん、最初は50万くらいにしときません?
ええ、その先は様子を見ながらってコトで……
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電話を切る。
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お客: せっかくの200万なのに、50万にしちゃうの?
儲けるチャンスじゃん?
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う: 値引くわけじゃないですけどね、
いきなり大金を投じるより、様子見ながら予算使うべきでしょ?(注28)
そういうことできるのがボクらの仕事のいいとこだし、中小企業はどこだって厳しいときなんだから……
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お客: ……ふむ……
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う: あ、そうそう、言われてた似顔絵、上がってますよ
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パソコン画面に表示された似顔絵(バカっぽい顔)
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お客: ここまでやるか……似てるけど……
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う: ダメ?
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お客: いや、親しみがあっていいよ。社員には爆笑されそうだけど。
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客、周りを見回しながら
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お客: それにしても、最近は漫画の仕事のほうが多くなっちゃってるみたいだな?
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う: ま、元々はそっちが専門ですからね。
広告用のプロ漫画家って、実はいなかったんです。(注29)
だからボクがパイオニアになろうと思って。
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お客: よくやってるよな、IT業界だし、そのうちウチなんかの仕事やらなくなるんじゃない?
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う: ……スタッフもいますからね、大きくなるチャンスは狙っていきます。
でも、ボクはどこまで行ってもボクですから。無理して大きくなっても続かないし、そもそも漫画家って職人だから金勘定は苦手だしね。
それに漫画なんかは制作じゃなくて「創作」だから、嫌な仕事だと品質が落ちちゃうし、けっこう、より好みしちゃうんですよ。
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お客: オレは好まれたってわけか?
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う: うん、それに中小企業のオッチャン、オバチャンと一緒になって仕事がしたい、っていうのはボクの夢だしね
(こんな顔の、といって、他のヒドイ似顔絵を見せて笑う)
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スタッフ: ……うるのサン、その方、いらしてます……
(背後に立ってる、変な顔のオッチャン)
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怒って帰ろうとするオッチャン。
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う: ああっ、見捨てないで!
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お客: (スタッフに向かって)
……あれでホントにダイジョーブか?
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スタッフ: ……(汗)
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スタッフみんなに怒られる、うるの。
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あきれながらも、笑顔で帰っていく客。
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窓から、立ち去るお客を見ている、うるの。

NA: ……この物語は、現在進行形。この後、トンデモない問題が持ち上がって、バッドエンドに向かう可能性だってある。
けどね、やりたいことをやって生きていけるんだから、後悔はしないで済むと思っている。
それにボクがコケても、誰かが立ち上がる事もある。カミサンやスタッフや後輩等ね。そうなったら、ボクはその下でもいいんだ。

失敗したり裏切られたりしたけれど、その中でボクが学んだ事は、会社のために人がいるんじゃなくて、人のために会社があるってこと。会社や組織は何回潰れたって構わない。人さえ元気なら、何度だってやれるんだから。

だから、失敗を恐れない・・・などとは言わない。
失敗は、やっぱりコワい。
でも、それでもやるしかないんだ。やるだけやって、それでも失敗して、その失敗を武器にして、またやる。その繰り返しが人生なんだろうね。

この物語はハッピーエンドじゃないかもしれない。でも、そんなことは、墓場に入る瞬間まで分からない事(注30)だとも思うんだ。その日が来るまで、とにかく足掻いてみるしかないんだよね。


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パソコン画面に向き直る。
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新しい仕事に向きあい、微笑む。

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※注26: ■甚平に雪駄
本当に、その格好を貫いている。背広などは冠婚葬祭だけだ。
初対面で敬遠される可能性もあって、それならそれでいいや、とはじめたのだが、ウケたことはあっても敬遠された事はない。
なんで、そんな格好をしてるかと言えば、劇中で語ったように願掛け的な意味もあるのだが、それ以上に「漫画家だよというサインになるから」である。

マンガ出版社などではなく、普通の会社の人は漫画家と会う事などない。だから、漫画家と会うとなると過剰な期待をしてしまう。著名人なら構わないのだろうけど、ボクは無名。だから、普通の格好をしていると「ホントに漫画家?」と、お客が不安を感じてしまうこともあるのだ。
ちゃんと話をすれば問題はないし、作品はちゃんと描くのだが、実は大事なのは「出会い」なのである。

出会って、仕事の契約をする。
その時点では作品は、まだ描かれていない。にも関わらず、お金を払う約束は成立している。乱暴な言い方をすれば「モノがなくても代金を得ている」ということなのだ。作品がなくても、カネは手にできる。そのままだと詐欺になってしまうというだけで、カネを生み出す場所に作品はないのだ(だからボクは、作家がどれだけ優れていても、営業というステップがあってこそ、と考える。決して作家を低く見るという意味ではないが、カネを作り出しているのは営業なのだ)。

モノづくりなんだから、そんなのアタリマエでしょ、というのはアマイ。
どれほどの実績を掲げようが、話がしっかりしていようが、「まだないモノ」に金を払う約束をするのは、不安なのだ。まして、目の前にいる人物が、その道の専門家に見えなかったら、不安感は増大する。
心配だから、アレコレ口出ししたくなる。

クライアントなのだから、ある程度意見を言うのは当然だが、マンガは制作物ではなく「創作物」。度を過ぎた介入は、作品づくりにマイナスとなることも多い。だから、温かく見守ってもらい、基本的には任せていただくしかないのだ。
「プロが胸を叩いたんだから、あとは任せよう」という気持ちになってもらうしかない。

そういう気持ちになってもらいやすいように、ボクはコスプレしている。
ホンモノだよ、こんな格好、普通の会社員はしないでしょ、と。
萌えキャラのペーパーバッグにガンダムのTシャツでも同じサインなんだけど、それじゃ別の意味で心配になっちゃうから(笑)。
(ボクが帰った後に、他の社員から「今の人ナニ?」と聞かれる事がけっこうあるらしい。してやったり、である)

絵が描けるなんてのは、売りでもなんでもない。
ストーリーを作れるのも、そう。
サッカーやってりゃボールが蹴れるってのと同じで、できて当然の部分。
服装、トーク、メールの文面。
本領じゃない部分に、どれだけ工夫できているかが商売の分かれ目なんだ。

※注27: ■ありのままを見てもらったほうがいい
ボクは会社のためにも、お客のためにも、家族のためにも働かない。
ボクはボクのために仕事をしていて、それが結果として会社やお客や家族や社員のためになっているというだけ。誰かのためにならないことって続かないから、ちゃんとやっていればいいだけなんだけど。
ただ、捉え方として「誰かのために」とは考えないようにしているのだ。誰かのためにっていうのは、どこか「逃げ」のように思う。
それに、実際、仕事が楽しいし。
子供にも「仕事は楽しいぞ!悔しかったら大人になれ!」と言っている。家族のために頑張ってるんだ、なんていうと、大人は我慢ばっかりのようだ。だったら若いうちにハメを外しておこうと不良になってしまったり、人生に生き甲斐を見出せなくてキレたりニートになったりするように思う。
小学生よりも中学生よりも、大人はずっと楽しい。楽しいことやっていてズルいな、悔しいな。大人っていいな。子供たちがそう感じていなきゃいけないと思うのだ。
だから、ボクは仕事を楽しむ。楽しくない仕事でも、楽しくなるように工夫する。自分にウソついても子供は敏感に見抜くし、そもそも自分が楽しまないで読者を楽しませるなんて出来ないもの。本気で楽しんでないとダメだと思うんだ。

※注28: ■様子見ながら予算使うべき
漫画家は描けばいいってモノじゃない。作品が売れなければ、どうにもならない。そして、頑張ったから売れると言う程アマくもない。
そういう職業をやってきたからこそ、ボクは結果にこだわる。
広告を作るときも、売り上げに貢献しなければ、努力なんかクソなのだ。
むろん、結果を保証することはできないが、勝つ気でいない奴は勝てないと思う。勝ちたい、結果を出したいと思うから工夫するし、うまくいかなかったときは本気で悔しい。
お客の広告やマンガを手掛けることは、お客の手伝いなんかじゃなく、ボク自身の勝負なのだ。
だから時には、お客と喧嘩することもある。ほとんどの場合、お客に勝つ気がないときだ。とりあえずやってみるとか、一か八かとか、そういうのはボクは嫌いだ。ビジネスは真剣勝負なのだから、サイの目でやっちゃいけないと思う。工夫を凝らして、なんとしても勝とうと思ってやるからこそ、勝ち目が出てくる。
そうやってもダメなときはダメだが、挑まないままじゃ本当にダメだ。

※注29: ■広告用のプロ漫画家って、実はいなかった
自分の作品を描くときは、作品それ自体が商品だが、広告用の漫画は、作品は主役ではなく、あくまでも商品を引き立てるためのものになる。
このため、一般的な漫画と広告漫画では、まったく違う知識や表現が必要とされる。
広告用の漫画の代理店はいくつかあるが、そのほとんどは既存の漫画家やイラストレーターに描かせている取次店。作家側には広告に関する知識が不足しているため、プロデュース会社が意図する部分が伝わりにくく、一方で代理店にはマンガのノウハウがないため、作品をコントロールできない。このため、広告マンガは構成に無理が生じがちで(どんなに面白くても)せっかくの漫画が有効に機能しにくかった。
この問題を解決するには、作家自身が広告的な考え方(マーケティング、プロデュース)ができなければならない。
そうした意味で、広報に特化したプロ漫画家はいなかった。
ボクの場合、偶然の積み重ねではあるが、結果的に広告とマンガの2つの道を歩むことになり、その橋渡しができるようになったわけだ。

今では、徐々にアシスタントだった作画スタッフに実務の全てをシフトしていき、むろん売上も大半をそっちに回すようにしていこうと思っている。
ボクはプロデュースに徹して、その代わりに関わる作品やプロジェクトの数を増やす。そうすることで、作画スタッフ(漫画家たち)もボクも、十分な収益とやりがいを手に入れる事ができるからだ。
そうやって「マンガの新しいステージ」を増やすとともに、「マンガを仕事にしたい多くの人たち」と一緒に、ちゃんと社会に貢献していきたいと思っている。


※注30: ■墓場に入る瞬間まで
個人でやっているということは、個人の資質に左右されると言う事。つまり、ボクが死んじゃったりしたら、それまでということである。
そして、死はどこに潜んでいるか分からない。ちょっと出かけて交通事故にあうかもしれないし、通り魔に刺されるかもしれない。そもそも、仕事、仕事であんまり自分の身体を気づかってないので、病気になる可能性はあるし、過労死もあり得る。
それでも、今は踏ん張るしかないってコトがあるんだよね。
死にたくないけれど、健康で長生きだけを考えているわけでもないんだ。あれこれ我慢して長生きするより、やりたいことをやって、それで許される分の寿命のほうが満足できるんじゃないかと思ってるの。
それでも死ぬときは嫌だろうと思う。
悔いがたくさん残るだろうな、と。
それでも、そのときまで悔いと我慢で生きるより、やりたいだけやって生きる方がいいと思っているから、やっちゃう。そんな感じかな。
その上で、長生きできたとしたら、それは神様の贈り物ということで、色々、やりたいこともある。そんな感じ。

だから、ボクはスタッフやカミサンに厳しく言う事もある。ボクが死んでも、彼等が路頭に迷わない程度の力や覚悟を持たせておきたいんだ。そうじゃないと、ほんとに死ねないもんね。
ボクは財産は残してやれないだろうな、と思う。
だから、チャンスを残したい。
ボクになにかあっても、お客さんたちは彼等にワンチャンスをくれる。そのくらいのチャンス。それを生かせるかどうかは彼等次第だけど、そのワンチャンスが許される程度の関係を築いておくっていうのが、ボクにできるささやかなコトだろうと思っている。

どうせ、いつかは死ぬ。
そのときは自分で選べない。
そのときに、できるだけ苦しみたくない。
だから、できるだけ「明日があるさ」じゃなくて、今日を頑張りたい。毎日、そこまでの覚悟で生きちゃいないんだけど、できるだけ、そうしたいと思ってるんだ。組織や会社や制度に頼れない個人事業主だからこそ、そういう思いは大事だと思ってるんだ。