●[ごじゃっぺと〜さん]
10.モーソー映画鑑賞

すいません、本当は一人で観に行ったんです、レイトショーでね。で、その後に家族と話したの。
で、ボクは、映画を観る時に、アタマの中で「ボクだったら・・・」を考えながら観ちゃうんですよ。そんなコト考えていて楽しめるのって言われるんだけど、ちゃんと楽しんでるんです。

むしろ、ボクは映画が好きだから、集中して楽しむためにそうしてるんだと思う。
映画やドラマを観ていて、オイオイっていう矛盾に気付いちゃう事あるでしょ?そうなると、ソレが気になって集中できなくなるんだよね。で、アタマの中で、即興でソレを書き換えちゃうの。あのシーンは本当はこうだったんだって。で、自分を安心させて集中し直すの。最近の映画は見せ場を作るためにシナリオが犠牲になることが多くって、こういう「脳内変換」の機会はすごく多くなった。
ちなみに、ボクは小説でも映画でもマンガでも、大好きなモノは何度でも観る、読む。そりゃもう暗記するまで。北方謙三さんの「水滸伝」なんかは、全19巻+揚令伝を何度読んだか分からなくて、でも今でもくり返し読んでるし、中学生のときにはスターウォーズを劇場に70回以上通って観ていた。当時は2時間1分の上映時間の全部を暗記して実演できたモン。マンガも気に入っているものは、ほとんど暗記してる。

よく作家やクリエイターはたくさん本を読めっていうけれど、ボクは単に色々なモノを読むのではなく、くり返し読む事が大事なんだと思っている。そうしないと自分のモノにならないもの。一回読んだ(観た)だけでは、細かい部分までは記憶に残らないでしょ。微妙な演出のタッチ、描写、リズム(文体)、そういうのを吸収して自分なりに消化し直していってこそ、表現の幅もアイディアも広がっていくんだと思うんだ。たくさんの本がアタマの中を通過していくだけじゃ、そのときは面白いだろうけど、残るものが少なくて、もったいない。
人間が一度に受け止められるモノってタカが知れてる。だから2回読めば最初には気付けなかったナニカが見える。もっと読めば、また違うナニカを見つける。あきるほど読むから余裕も出てきて、意外なモノに気付いたりもする。もしかしたら作者も気付いていないモノを見つけているかもしれない。10回を超えると、もう文章なんか読んでないようなモンで行間を読んでいる状態になる。そうなってくれば、そこに自分だけの物語が生まれてくるんだ。ソコが楽しいんだよね。1回読んだだけじゃ、まだ読んでないっていうのがボクの読書(鑑賞)なんだよね。
←前のハナシへ
次のハナシへ→