●[広告漫画家のつぶやき]
18.広告漫画家物語(自分史コミック原案)第3話

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第3話:転向
ボロアパート。
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漫画を読んでいる、うるの。
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タイトル「アドルフに告ぐ」(注09)
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読み終えて、ためいきを付く。
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う: すごい……。こういうのが作家になるってことなんだ……。
ボクは、いつかこんなのを描けるようになるんだろうか……?
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四畳半に寝転がって天井を見る。
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編集者の声がアタマに浮かぶ
(キミは、そういう元ネタがあるほうがいいね)
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(面白くネタを伝える感性はいいものがあるがネタ自体が……)
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う: ……面白く……伝える……か……
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※注09: ■アドルフに告ぐ
手塚治虫の名作。アドルフの名を持つ3人の数奇な運命を通じて戦争の悲惨さとヒューマニズムを描き上げた大作。このときは東京・江戸川区の図書館で借りたハードカバーを読んだ。
正直に言えば、あまり手塚作品の影響を受けていない世代なのだが、スケールの大きさ、絶妙な伏線、破綻なくまとめあげる筆力などに圧倒され、自らの未熟さも思い知らされた。
漫画に限らず、記念碑的作品には、本人の実力で描き上げた作品と、ある年齢、ある状態といった偶発的な要素が描かせた作品があるが、本作品はまさに、前者のベストとだろう(そういう意味で実力差がはっきりと感じられた)。後者のベストは永井豪の「デビルマン」だと思っている。


電話が鳴る
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う: あ、ちゃんと描いてますよ、原稿
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う: え?(顔色が変わる)
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う: 休刊?!KINGが?!
ええええーーーーーーーーーーっ!
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NA: 銀河鉄道999、湘南爆走族などの人気作品が同時期に連載終了したこともあって、少年KINGは伸び悩んでいた。
その結果、無期限の休刊となってしまったのだった。

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最後の原稿を渡す、うるの。
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担当: できるだけウチの他の雑誌の仕事とか回すからね……
う: ……はい……
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出版社を出る。
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水道橋。後楽園が見える。
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その風景をぼんやりと眺めている。
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う: ……漫画家を続けたいけど……
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(編集者の声:……伝える感性はいいものがあるがネタ自体が……)
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う: ……このまま続けてモノになるのかな……
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(編集者の声:……演出はいいんだけどねぇ……)
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う: ……もう一回、ゼロからやるべきなのかな……
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(編集者の声:……広告の仕事してたから、そういう感覚が……)
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はっとする、うるの。
(……伝える……仕事……広告……)
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う: ……まてよ……!
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う: 出版社で描くだけがプロ漫画家の道じゃないのかもしれない!
もともと免許のある仕事じゃ無いし、同人だって漫画家だ。
なら、出版社以外のステージでも漫画は活かせるのかも……!

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NA: この当時、うるのには、すでに数年来つきあっている彼女(今のカミサン)がいて、いつまでも中途半端なままでいるのはマズイという焦りもあった。
マンガに打ち込みたいとは思っていても、そのために何もかも犠牲にするというところまでは、覚悟していなかったとも言えるが、恥じてはいない。人を愛し、家族を持ち、それを守っていく事だって大事なことで、そういう人生の色々と折り合いながら夢を目指すのが本当だと思うからだ。

近い将来にいっぱしの収入を得る事ができて、彼女を心配させないで済む状態にすること。
その上で、漫画家としての活動も続けていく方法を考える。

出版社で単発の読み切りを描いたり、いつまで続くか分からない連載をやったりしていても、確実性はない。そもそも「確実」を希望すること自体が漫画家という仕事に合わないのだが、自力で社会で生きていくには、生活人として成り立っていなくてはならないのも確かな事だ。

ボクは「人並みの社会人」として漫画家を続けようと決めた。
とはいえ、当時、何もかも覚悟が出来ていたわけではなく「マンガを活かしながら働く場所を手に入れて、生活の心配をしないで、でも漫画家を続けよう」と虫のイイことを考えていただけである。


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本屋で求人情報誌を買う、うるの。
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ビーイング(注10)の表紙。
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う: ……漫画家として何ができるか……
とにかく当たってみよう!


※注10: ■ビーイング
リクルート社の男性向け就職情報誌。まさか、その後に同誌の求人広告を自分が量産する事になるとは考えてもみなかった。


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数日後。
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広告代理店。フジサンケイのロゴが見える。
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履歴書。
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面接担当: ほー、漫画家さんですか!
デザイナー募集だったんだけど、意外な人が来たなぁ!
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う: はい、これからも漫画の仕事はしたいと思っていますが、広告という世界で、それを活かせないかと……
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(面接風景)
NA: 可能性を信じて広告代理店のデザイナー募集に応募した。
普通、デザイナーとしての作品を持っていくものだが、そんな実績は何もない。
漫画作品だけを持っていった。
無謀だが、あいかわらず根拠のない自信だけがあった。
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面接担当: キミ、ギララ(注11)って知ってる?
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う: ……ギ、ギララ?
松竹の怪獣映画で、触覚がこんな感じで、ギララニウムに弱いっていう……?
(絵に描いてみせる)
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面接担当: はい、採用決定!
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う: ええっ?!
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面接担当: ボクはプランナーなんだけど、アシスタントの女の子の髪型がね、ギララなの。
でも社内で誰もギララ知らないんだよぉ!。寂しかったんだよぉ!
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う: ……は、はぁ……
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面接担当: ま、ギララは雑学のテストだったんだけど、知識も十分みたいだし、デザイン会社勤務の経験もある。
しかもホンモノのマンガも描ける。
本格的なデザインワークはこれからみたいだけど、それは教えることができる。
一緒にやってみるかい?
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う: ……!!……
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NA: こうして広告代理店のデザイナーとなり、やがて漫画家の経歴を活かして有名芸能人の似顔絵や、広告にマンガを取り入れるなどの作品を多く手掛けることになる。
そうした広告企画は珍しく、クライアントのウケもよかった。
また、相方になった先輩プランナーはノリがよく、そうした企画が得意でもあった。
うるのは、このプランナーによって、他に例のない漫画家デザイナーとして育てられていく…………


※注11: ■ギララ
寅さんとも共演した松竹唯一の怪獣映画「宇宙大怪獣ギララ」のこと。
このエピソードは、いかにもマンガ的だが、ほとんど実話。多少の脚色はしているがギララもそのまんまである。
なお、2008年になって「ギララの逆襲」という洞爺湖サミットを舞台にしたムック(映画ではない)が発売されたから、マニアックな怪獣という印象があったが、意外とみんな覚えてるらしいね。
あ、ガッパも好きだったな。「大空めェざぁして、はァねをふればぁ〜、さよなら日本〜、さよならガッパ〜」っていう歌も覚えてるし。



作画しているうるのの隣でしゃべるプランナー。
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プランナー: 西郷隆盛がバットマンのコスプレしててね……
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う: 西郷でバットマンだとぉ?!
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プランナー: んで、モンティパイソン(注12)風のノリで……
さらにメル・ブルックス(注13)
「あび〜の〜まる(注14)」な感じで……
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う: ……ほんとにコレ、大手企業の求人企画か?
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プランナー: いいの!広告は斬新さがイノチ!
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う: ……どっちかというと悪ノリにしか思えんが?
(と言って、西郷バットマンの絵を見せる)
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プランナー: ………………(汗)
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プランナー: ……うるのクン、やりすぎだよ?
う: ……だから悪ノリだって言っただろ!!
(夜はふけていく)

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NA: この頃のうるのは、広告の仕事を楽しんではいたが、漫画家としての未練は捨て切れずにいて、ときどきは出版社にも顔を出していた。
広告がどんなに楽しくても、漫画家だという気持ちは捨て切れず、どうしたらいいかと悩み、先輩漫画家と出会ったりすると、夢よりカネを選んだ、といった感じで恥じたりした。
広告の仕事にやりがいを感じれば感じる程、それが漫画家だった自分を薄れさせていくことを恐れていた。夢と現実の板挟みで足掻き、もがいていた。
その足掻きが、やがて「広告マンガ」というカタチにつながっていく。

ボクが幸運だったのは、先輩プランナーがマンガに理解のある人だったことだ。
彼は、ボクを漫画家として扱った。彼は漫画家を広告で使うということを考えてくれる人で、彼が持ちかけてくる企画は「漫画家が作る広告」だった(マンガを使わないときでも漫画的発想に基づいたモノだった)。
ボクは彼のおかげで、広告マンとしてのキャリアを積みながら、一方で漫画家の部分を失わずに済んだと言える。

あれから20年。ボクは今でも広告屋で、漫画家である。
全ては、彼と出会えた幸運のおかげだ。彼は、ボクだけでは気づけなかっただろう「漫画家というスキルの可能性」を見せてくれた。
今ボクは、彼がボクに示してくれたことに、ボクの20年を乗せて、アシスタントスタッフ、学生、後輩に伝えていこうとしている。自分自身も、もっと先へ行こうと思っている。
彼が見せてくれた道を少しでも広げていく。
それが彼への恩返しであり、ボク自身の野心でもある。


※注12: ■モンティパイソン
イギリスのコメディ集団。
グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム(「13モンキーズ」「未来世紀ブラジル」などの映画監督)、エリック・アイドル、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリンの6人組で、ギャグ界のビートルズのような存在。
BBCが放送したコメディ番組「空飛ぶモンティパイソン」の「ギャグ爆弾」「スペイン宗教裁判」「16トン」といったネタは、今も世界中の多くの放送作家に影響を与えている。劇場映画も多数あり。
日本では納谷悟朗、山田康雄、広川太一郎、青野武といった豪華声優陣で吹き替えられ、「日本の芸能人が番組を酒を飲みながら観賞する」というシチュエーションで放送された。(声優のアドリブ的なボケ方が最高なので、できれば日本語版での観賞をお薦めしたい)

※注13: ■メル・ブルックス
パロディ映画で有名な映画監督。ボクは「ヤング・フランケンシュタイン」が大好き。やっぱりマーティ・フェルドマンがいいよね。

※注14: ■あび〜の〜まる
メル・ブルックスの代表作品の1つ「ヤング・フランケンシュタイン日本語版」の劇中のセリフで「アブノーマル」のこと。声優は青野武で、そのボケた声をイメージしている。
主演はジーン・ワイルダー、共演はピーター・ボイル、テリー・ガー、ジーン・ハックマンなど。同監督は本人自身がレギュラーを演じることが多いが、この作品では目立ったポジションで出演していない。
最新の日本語版では主演を広川太一郎が吹き替えているが、ここで挙げているのは「羽佐間道夫」による絶版レーザーディスク版。羽佐間道夫さんのボケた喋り方は大好きで、広川太一郎さんも捨てがたいが、やっぱり羽佐間バージョンを押したい。登場人物の名前(日本名)も、羽佐間道夫版でブルッファー女史だったものが広川太一郎版ではバニククウに変わっていたりする。(名前を呼ぶたびに馬の悲鳴が聞こえる。ギャグをわかりやすくするために名前を変えたらしい)



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