●[広告漫画家のつぶやき]
18.広告漫画家物語(自分史コミック原案)第6話

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第6話:新事業と裏切り


新事業へ



NA: ……公共事業での実績を活かしつつ、新たな目標として中小企業のサポートを目指す、うるの。
だが、所属していた会社は公共市場にこだわり、一般企業には目を向けようとしなかった。(注18)


※注18: ■一般企業には目を向けない
試験的な通販ポータルを立ち上げてのサービスにはトライした。
時期的には楽天と同時期であり、内容もほぼ互角だった。獲得企業数でも、まだまだ十分に追いつける段階だったが、会社は小額のクライアントをこつこつと集めていくよりも、十分な予算を獲得しやすい公共事業を優先したため、育つ事なく中途半端なモノのままに終わった。
あのとき本気で取り組んでいれば、とは思うが、悔やんでも意味はない。


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社長: 中小なんてメンドーじゃん、予算もないし。
商工会議所とかもやってんだから、どーせ、まとめて発注来るよ。
そーすりゃウハウハじゃん?
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う: 会議所は会員企業への強制力があるわけじゃないだろ?
結局は個別にちゃんと対応しないとダメだろ?
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社長: どーせ右へならえだよ、会議所だけやってりゃオッケーだって
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う: じゃ、アンタは会議所に言われたら、それに従うわけ?
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社長: オレは自分の道を往く!
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う: 言ってることと違うだろ!
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NA: こうして、うるのは同社とは別の道を進む事になる。
同社との契約期間が切れた99年、再び個人として、中小向けのサービス開発へと活動を転換した。(注19)


※注19: ■同社との契約期間が切れた
この後も、この会社は公共自治体にこだわり続けるが、同業者の多くからは、あまりいい噂は聞かない。一時はあれほど県内全域を席巻していたのだが。
ボクが彼等よりも大きくなったというわけではないが、同じ場所に留まっていてはダメだという判断は間違っていなかったと思う。


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NA: だが、どれほど実績があったと言っても、しょせんは他社名義での実績であり、個人としての名前が有名だったわけではない。
また、個人規模では資本面で行き詰まる危険もあった。
ビジョンはあっても、自由に動けるわけではないのだ……。

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カミサン: ……えーっと何度目のピンチだっけ?
う: 指折って数えんなよっ!
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カミサン: ま、何とかしといてね(と言いながらゲームやってる)
う: 信用してくれるのはウレシイけど、少しは心配もしてよ……
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別の社長: そういうことならウチでやらない?
(突然出てくる、新しい社長)
う: え?!
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別の社長: うるのさんなら実績あるし大歓迎だよ?
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う: マジ?!、じゃ制作全部オレがやるから、売るほうを手伝ってよ!
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別の社長: でもさ、中小企業はお金ないし、自治体みたいな予算は無理だよ?
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う: 自治体とは別な切り口でいくんだ!
情報発信って言っても、中小企業には自治体みたいにニュースソースも多くない。
それに、ネットの活用方法も理解できてないと思うんだ。
だから、まずはインターネットを味わせてあげることから始めるんだ。
中小向けに整えたパッケージを作って、コストは安く、でも、独自性も出せるように……
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別の社長: 事務所ないんだろ?
ウチの会社の中にデスク用意するから、そこを使えよ、ウチも都合がいいし。
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う: ありがたい!それならじっくりと中小向けのサービスに取り組めるよ!


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NA: こうして中小向けのWEBサービスがスタートする。
会社員でありながら個人でもやる、という二足のわらじ状態で、あいかわらず全ての機材、資料は自腹であった。
協力者となった会社の設備よりも、個人としての設備のほうが上回っていたからである。むろん、設備を用意してもらうのが筋だが、一刻も早く事業を立ち上げたかったため、予算はそのために注ぎ込んでもらい、機材は自前のもので賄うことにしたのであった。
事業は成功させるためにやるのだし、成功すれば設備投資なんか微々たるモノ、いつでも取り返せると思っていた部分もある。

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NA: 懇意にしていたサーバ会社との提携で、最新型ASP(注20)の取扱いも任せてもらえた。
制作サイトは2年連続で「WEB年鑑(日本のBEST100)」(注21)にも取り上げられ、大きなITショーにも度々出展し注目された。
再び連勝の日々が始まったのだ。

なお、この時期、うるのはマンガ関係の仕事をほとんどしていない。
新しいビジネスプランに夢中になっていたこともあるが、マンガ広告の売り方、使い方に悩み、壁にぶつかっていた部分も大きい(特に地方の中小企業ではマンガは高いと思われがちであり、そうした中小中心に動いている状況下では、扱いにくい商材でもあったのだ)。
だが、そういう時期にWEBビジネスで生計を立てられたこと、WEBの経験がフィードバックできたこと、中小企業の実態を検討できた事などが、その後のマンガ事業の核となっていく。

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興奮した表情で、社内を見つめる、うるの。
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だが、その後ろでニヤリと笑う社長。
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うるのは気づかない………。


※注20: ■ASP
アプリケーション・サービス・プロバイダの略で、ようするにインターネット上で動くソフトをレンタルすること。

※注21: ■WEB年鑑
実際にはお金を払って載せてもらうのであって、掲載されているのが必ずしもベターな企業ばかりというわけではないから、それほど権威があるわけではない。とは言え、十分な実績や実力がなければ掲載の誘いも来ないわけで、まったく当てにならないわけでもないのだが。




裏切り


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社長: 今度再婚することにしたんだ!
家も全面リフォームして、クルマも買い替えて………
(電話で自慢中)
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スタッフ: ………聞きました?社長、あんなコト言ってますよ?
確かに売れてるけど、ウチ、そこまで儲かってましたっけ?
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う: ………うん、まだ、これからって段階なんだけどね
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スタッフ: 知ってます?
社長、お子さんのオムツまで経費に出してるらしいですよ?
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う: ……う〜ん、社長がそういう公私混同やインチキやっちゃマズイんだけどなぁ…
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調子よさそうに喋る社長を見つめる、うるの


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NA: ネット事業を始めて2年が経過していたが、社長も社員たちもネットに関しての知識は未だに素人並だった。
これにはうるの本人の失策もある。弱小だからこそ実力を示さなければならず、制作品質のみに気を取られて後進の育成がおろそかになりがちだったのだった。その結果、うるの以外の社員はトンチンカンな営業や提案をしてしまうことも多く、現場を仕切るうるのは、その修正や調整に振り回されることも多かった。
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またまた、調子よく喋っている社長。
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社長: 50万アイテムのデータベースの見積もりだから50万!
(そんな費用で組めるわきゃね〜だろ!)
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社長: タグとか、宇宙人のコトバみたいでチンプンカンプンだよね〜
(少しはベンキョーしろよ!)
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社長: 2000万の仕事の話が来たから大型スキャナ買っちゃった!
(まだ未契約ぢゃね〜か!入金してから買えよな!)
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社長: 毎月泊まり込みで仙台に通ってたら3万円の仕事獲れたぞ!
(この会社の辞書には採算っていうコトバはないのか?!)


NA: そんなある日………


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う: え!?ASP販売契約が切られた?!
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スタッフ: ええ、サーバ会社から先ほど電話があって………
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う: そんなバカな!
あのASP開発にはボクだって関係しているし、そもそもあの会社とボクの付き合いは長いんだ。
一方的に契約破棄なんかするはずないよ!
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う: サーバ会社に行ってくる!
社長が帰ったら待たせといてくれ!
(飛び出していく)


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クルマを運転しながらつぶやく、うるの。
う: そんなはずはない………


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サーバ会社の看板
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う: ええっ、サーバ費用がまったく払われていない?!
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サーバ会社社長: うん、もうずっと滞っていてね……、
社長さんには何度もメールしてるんだけど……

やっぱり、うるのサン、聞いてなかったんだね?
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う: 寝耳に水です………
(ホントに寝ていてずぶ濡れになっている)
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サーバ会社社長: 実は今度、S社(世界的に有名なネット企業)が、あのASPを販売したいという申し出があってね。
アジア全域で30万アカウント扱ってくれるっていうんだ。
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う: さ、さんじゅうまん………!!


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NA: 当時1アカウント当たりの利益は月額で500円であったから、月々150,000,000円の利益が出ることになる。
細々とやっていたモノが、いきなり年商18億(注22)に化けたのだ。

※注22: ■いきなり年商18億
厳密に言えばアカウント単価はまったく異なるので、「いきなり年商18億」ではないが、大きく変わったことは確か。


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サーバ会社社長: うるのサンとは付きあい長いしさ、S社にもうるのサンのトコを通して、と話ししてたんだけど、こういう状況じゃ………。
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う: ………
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ガバッ!土下座する、うるの。
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う: 本当に申し訳ない!
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サーバ会社社長: ………本当は一緒にやりたかったんだけど………
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う: ……もういいっすよ、ウチが悪いんだから。
滞ってた分はすぐに払うように社長に言います。
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玄関を出ていきながら、背中でつぶやくように
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う: ホント、ごめんなさい………



そして・・・帰社後。
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社長: 出てけーーーーーーっ!!!
会社のやることに文句付けるような奴はいらんっ!
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う: バカ言ってんじゃない!金を払うのは商売の基本だろ!
社長のクセにお客のカネを使い込みしといて何言ってんだ!
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社長: う、うるさいっ!
商売はキレイゴトじゃ出来ね〜(注23)んだよっ!
顔も見たくないっ!今日中に出てけよっ!
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バタン、っと社長室のドアが閉まる。
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う: くっ………(悔しそうに)


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私物を整理する。
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パソコンを抱える。
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不安そうに見つめているスタッフたち。
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スタッフ: ………うるのサン、行っちゃうんですか?
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う: 残念だけどな………。
お客から預かったお金をちゃんと払わないなんてコトに協力はできないよ。1日でもね。
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スタッフ: ………
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う: ………みんなは、どうする?
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スタッフ: ………
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う: そっか……。また会えるといいな。
オレは、もう二度とココには来ないけど………
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会社を出ていく。


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NA: 2年半の時を費やした中小事業は、こうして終わった。
この会社は、うるの退職後も払うべき代金を払わず、それでもサーバ会社は、システムを利用しているエンドユーザーのことを考慮してサービス停止といった措置はとらなかったらしい。
が、それに甘え続けた社長は、2年後に(全く責任をとらないまま)会社を詐欺同然のやり方で他社に売り渡し、その後の消息は不明となっている(実際、会社を引き取った経営者は、同社を詐欺として訴えてもいる)。
一方、サーバ会社は例のASPを軸に急激に成長し、英国にもオフィスを持つ年商数十億の会社へと成長していく。

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NA: うるのは事業を成功させる資金繰りのために、個人として取り引きしていたお客も、すべて会社のために差し出していた。
このため、会社を出た時点で、顧客の全ても失った。さらに、事務所スペースを借りる以外は経費一切も自腹で賄っていたため、蓄えもなかった。(注24)
事業には自信があったし実際に伸びてもいたから、ブレイクすればカンタンに取り返せると思っていたからである。
まさか身内の裏切りで消失するとは思ってもいなかった。


※注23: ■商売はキレイゴトじゃ出来ね〜
お金がない人には無料にするとか、既得権のある会社の邪魔はしないとか、そういうことばかりやっていくのは無理で、よりよいサービスや貢献のために、あえて行動しなければならないこともある、といった意味である。決して人を騙したり、欺いたりするのも止むを得ないという意味ではない。
ちなみに、退職時には社長は「解雇」にこだわり、社会保険労務士がすすめる「依願退職扱い」はガンとして受け付けなかった。
ボクはバカバカしくなって「解雇でいいよ」と言って、解雇される事にしたのだが、これには労務士もあきれていたものだ。
土壇場でその人間の本当の姿が見えるものだが、ちっちゃいよな。彼も、彼の本質を見抜けなかったボクも。

※注24: ■経費一切も自腹で賄っていた
アマすぎたと反省はしているが、間違っていたとは思わない。
これからの時代、従業員だろうと経営感覚を持つべきだが、ボクは経営感覚とは「投資」だと思っている。経営者は出資して勝負しているからこそ真剣なのだ。給料を貰うだけで「注ぎ込んでいない」と、本当の緊迫感は保ちにくい。会社への依存心が出てきてしまい、「頑張っている」というだけで満足してしまうような気がする。
勝負の世界では、頑張るだけではダメなのだ。投資を上回る利益をあげなければ意味がない。こんなにやってるのに、なんてのは負け犬の遠吠えだ。



つづく[→広告漫画家物語:第7話「起業〜気づき編」へ]


[「注24」の補足]
会社のためにっていうのは、本質的には自分のために、である。
会社がデカくなっても、自分が小さいままじゃ意味がない。
自分が大きくなるために、会社に大きくなってもらう、そういうことのはずなのだ。だから、仕事を頑張るのは「自己投資」なのだ。
サービス残業という言葉があるが、会社のためにやってやってると思うから「サービス」なんて言い出す。
ボクはボクのために、残業をしてきたつもり。
会社員である時は会社と運命共同体だから、自分のため=会社のためというだけのこと。労力というカタチで投資していると言っていいだろう。
資金や機材や設備でなくとも、投資はできる。
投資して失敗したら自分が痛い。だから「頑張ればいいや」などとは思わない。何が何でも勝ちたいと思うようになるから、工夫をするし、ミスも少なくなるし、効率も考えるようになるのだ。
経営感覚を持つっていうのは、経営者と痛みを分かち合うってことだろう。
決してサービス残業を奨励するわけではないが、自分は痛くない場所にいる限り、本当にはビジネスをしていないように思う。それは隙につながり、大事なところ、踏ん張りどころで引いちゃうんじゃないかな。

ボクがアマすぎたのは、従業員の、そういう投資意識を受け止められない狭量な経営者だということを見抜けなかったこと。いや、そういう人物である危険性を知りながら、パートナーに選んだズルさで、しっぺ返しを食らったということだろう。
あの社長がやったことは絶対に間違っているが、今にして思えば、ボクには彼を非難する権利はない。
ボクは、アブナイと感じながら、でも「そこまでヒドくはないだろう」と思っていた。そして、そういう「多少の資金はあっても実力がなく、だからこそ食い込む余地がある相手」をボク自身が求めてしまった部分は、間違いなくある。技術や知識を提供するかわりに、資金や設備やコネクションを利用させてもらおうと思っていたわけだ。
そういう考え方自体がいけないわけじゃないが、手っ取り早く「チャンスを欲しがって焦っている相手」を選んだ事がいけない。ボクは、そういう相手でも、結果が出てくれば、それに応じて大きくなるだろうと思っていたが、彼等はボクが思っているよりも、ずっと小さな成功で満足してしまった。ボクは色々なチャレンジをしたくて、全てはそのためにやっていたんのだけど、彼等は確実な収益を得るためだけであって、そこそこの利益で満足してしまい、そこから上を目指したいとは思っていなかったのだ。
そういう人々を引っ張って上を目指すと言うのは、無理なのだ。その無理に耐え切れなかったから、社長は不正をしてしまったのだろう。ボクは、まだちっぽけな利益と思っていたけれど、彼はそこでよかった。売れてきたんだから、そろそろいい思いをしたいと思ったのだろうと思う。
ただ、そういう自分を恥じてもいるしアマかったとも思うが、自腹で頑張ったことは間違っていないと思っている。ボクは会社員という形で、会社に貢献しつつ、ボクの事業をやっていたのだから、自己投資は当然だと思うもの。

ただ、これは難しい問題ではある。投資である以上、失敗すれば何もリターンはない。そこまでの覚悟を普通の従業員に求めるのは無茶だろうしね。
会社から言い出せることじゃないから、ボクのように自主的にやるバカじゃないと。

でも、今時は企業経営陣がバカやって仕事をパァにされちゃうこともある。
不祥事も後を立たないから、黙って命令に従っていても、吹き飛ぶ時は吹き飛ぶ。会社がトべば、自分もトぶ。会社任せで言われた通りにやってるだけでは、自分の身は守れない。

だからボクは投資して、その分だけ、自分も言うことにした。
むろん、烏合の衆がピーチクパーチクじゃ会社はやっていけないから、給料分はしっかりやる。その上で給料分以外の部分を自分で作って、結果もちゃんと出しつつ、育てていく。それを会社に提供し、会社の力が加わって独力ではなくなったときのビジョンを語り、参画を求めていく。
ボクはいつも、そういう考え方で仕事していたわけで、ソコは間違ってないと思うんだ。

ボクの場合は、経営者がアホで、ボクにも甘えがあって、失敗になっちゃったけれど、サービス残業がなくならないのは、会社が悪いだけじゃなくて、(無意識だとしても)投資意識がある人が結構いるからだと思っている。
10年先を考えて、そのために今日を我慢して頑張るって人たちがね。
その心意気を会社がちゃんと受け止めていくようであれば、サービス残業はサービスなんかじゃないと思うんだよね。
人と同じように休んで、同じ程度にやって、では、大きなものには届かないでしょ。いや、大きさはともかく、納得できる人生を生きたいからね。
他人(会社)任せにはしたくないんだ。